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睡眠不足予防には毎日の“睡眠時間”と“質のよい睡眠”が大切

Image 角谷 寛 先生

角谷 寛 先生

滋賀医科大学 精神医学講座 特任教授

睡眠不足はよくない。
わかってはいても、あまり重く受け止めていない人も多いのではないでしょうか。

実は睡眠不足は、わたしたちが日頃自覚している以上にさまざまな影響があります。
睡眠不足はどんな影響を及ぼしているのか。そして、よい睡眠とはどんなもので、どうしたらよい睡眠をとることができるのか。

睡眠分野の研究で国際的にご活躍されている滋賀医科大学の角谷寛先生に解説していただきました。

睡眠不足の影響

【睡眠不足の影響①】パフォーマンスの低下

睡眠不足には短期的影響と長期的影響があり、そのうち短期的影響がパフォーマンスの低下です。パフォーマンスを測るのにわかりやすい方法はPVT(psychomotor vigilance task)と呼ばれる反応速度テストです。

数日間寝る時間が短くなると、この反応速度が徐々に遅くなります。さらに何日も寝不足が続くと、やがてそれ以上寝不足を感じ難くなりますが、反応速度テストではますます反応速度が遅くなっていることを確認されています。

睡眠不足なのに眠気を感じないままにパフォーマンスが低下すると、知らず知らずのうちに仕事でミスが増え、能率も悪くなってしまいます。勉強も同様に、覚えが悪くなります。

【睡眠不足の影響②】病気のリスク

また、睡眠不足の長期的な影響としては病気のリスクがあります。慢性的な睡眠不足では、さまざまな疾患のリスクも高まります。
米国の調査では、不眠症で毎日の睡眠が6時間未満の集団では睡眠6時間以上の集団に比べ、2型糖尿病や高血圧の発症リスクが2倍以上になるという結果が示されました1) 。また、不眠があるとうつ病になるリスクが高く、睡眠不足があるとその傾向があることが報告されています2)

【睡眠不足の影響③】経済的損失

ここでひとつ興味深いデータを紹介します。
2021年に経済協力開発機構(OECD)が公表した、主な加盟国の平均睡眠時間(就床時間)です3)

Image 睡眠時間の国際比較(OECD 2021)

OECD, Gender Date Portal 2021 より作成

この調査から、国際的にみても日本人は睡眠時間が短い国民ということがわかります。また、OECDの調査結果をもとに睡眠不足による経済損失の国民総生産(GDP)に占める割合を算定した研究によると、日本は先進5カ国の中でその割合がもっとも高く、年間約14兆円の損失が生じていると推算されました4)

睡眠不足という個人単位の問題が、これほど大きな経済的な影響につながっているのです。

Image 睡眠不足による経済損失

Hafner M, et al. Rand Health Q. 2017; 6(4): 11. より作成

睡眠負債の返済は困難

それでは、睡眠不足を回復するにはどうしたらよいのでしょうか。
まずは、しっかりと眠ることです。ただし、1週間程度睡眠不足が続くと、たとえそのあと3日間だけ十分に睡眠をとったとしてもパフォーマンスは完全には元に戻りません5)

寝不足を感じて「よし、今日はしっかり寝よう」と思っても、1回8時間くらい寝床にいた程度では無自覚の睡眠不足の影響は続く可能性があります。

このように睡眠不足が蓄積されることを通称「睡眠負債」といいます。睡眠不足が借金のようにどんどん蓄積されていくと、少々のことでは回復できなくなってしまいます。睡眠負債を返済するには、一定期間、十分な睡眠をとることが必要です。

何時間寝るのがよいのか?

ところで、睡眠不足にならないためにはどれくらい寝るとよいのでしょうか。

これには諸説ありますが、中学2年~高校1年のメキシコ系米国人を対象にした研究では、1日7~7.5時間寝ている生徒は学業成績がよく、8.75~9時間寝ている生徒は素行がよいそうです6)

また、集団としてみると、7〜8時間の睡眠時間(就床時間)の人の死亡率が低いことが示されています 7)

ただし、必要な睡眠時間は人によってばらつきがあり、夜間に実際に眠ることのできる時間は、加齢とともに短くなります。25歳と比べると65歳では実際の睡眠時間は1時間くらい短くなるのが普通です 8)

大事なのは“睡眠の質”

しかし、考慮するのは時間という尺度だけでよいのでしょうか。たとえば、長く寝ている人は体調や気分がすぐれないのかもしれませんし、睡眠時間が短い人は体のどこかが痛くて長く横になっていられないのかもしれません。

これまでの研究を参考にすると7~8時間くらいがよい睡眠時間と考えられますが、このような事情を考慮すると、やはり時間だけで睡眠の善し悪しを判断するのは難しいのかもしれません。

そこで考えるべきなのが“睡眠の質”です。よく眠りが浅い、深いといわれますが、睡眠の質はそれに関係しています。

キーワードは「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」

人が寝ているとき、目をつぶったままで眼球がキョロキョロと動いている時間帯があることが1950年代にわかりました。この眼球が速く動くことを「Rapid Eye Movement(急速眼球運動)」といいます。その頭文字をとって、眼球の動きがある睡眠状態を「レム(REM)睡眠」と呼ぶようになりました。それ以外の睡眠状態は「ノンレム(Non REM)睡眠」と呼ばれます。

ノンレム睡眠とレム睡眠は60~120分位の分周期で一晩に4~5回交互に繰り返すといわれ、それがバランスよく繰り返されるのがよい睡眠と考えられています。90分間隔が5回繰り返されると450分で、7.5時間になります。前述した7~8時間程度をよい睡眠時間だとすれば、だいたいそれに合致します。

レム睡眠=体の睡眠、ノンレム睡眠=脳の睡眠

レム睡眠では、脳はよく活動していて、夢らしい夢をよく見ます。神経活動は活発になっている一方で、筋肉の動きは強く抑えられているため、レム睡眠は一般的に体の睡眠とされています。レム睡眠は睡眠後半のほうが長くなることが多く、記憶の定着に重要と考えられています。

一方、ノンレム睡眠において脳の活動レベルはレム睡眠よりも低くなるため、脳を休める時間帯と考えられています。ノンレム睡眠は睡眠の深さによってステージN1~N3に分けられ、ステージが進むほど深い睡眠となります。そのうちステージN3は徐波睡眠あるいは深睡眠と呼ばれ、健康な人では熟眠感と関連するといわれています。睡眠前半の徐波睡眠のときに成長ホルモンが分泌され、成長や怪我の回復などに重要です。

前述のように、このふたつの睡眠がバランスよく繰り返されるのがよい睡眠といわれています。

質のよい睡眠にはDHAが必要?!

よい睡眠のためには、適度な運動と規則正しい食生活、特に朝食をしっかりとり、寝る前の飲酒・喫煙、カフェイン摂取を控えることなどがよいといわれている9)ので、実践してみるとよいでしょう。

それとは別に、よい睡眠を得る助けになる物質があります。それが必須の脂肪酸(DHA/ドコサヘキサエン酸)です。DHAはオメガ3脂肪酸の1つで、脳内の脂肪酸の主要な成分です。脳内のDHA濃度が低下すると、記憶・学習能力や認知機能などに問題が生じ、DHAの摂取によりこれらが改善・予防できると言われています10)

これまでの研究で、脳内のFABP7と呼ばれるタンパク質がDHAの脳への取り込みに関与していることがわかっています。我々と米国の大学との共同研究では、FABP7遺伝子にDHAの取り込みに問題があると思われる変異がある人は、中途覚醒が多く、睡眠の質が悪いことが確認されました11)

睡眠の質を維持する、あるいは高めるためには、DHAを積極的に摂取し、脳内のDHAを増やす必要があると考えられます。

DHA摂取には魚を食べよう

DHAは、魚(特に青魚)などに多く含まれている脂質である不飽和脂肪酸です。DHA摂取のためには、魚を積極的に食べるのがよいでしょう。

12歳児541人を対象とした中国の研究によれば、9~11歳に魚を多く摂取している集団では摂取していない集団に比べてIQが高いことが報告されています12) 。この研究では、DHAの摂取により睡眠の質がよくなることがIQに影響を与えているのではないかと推察されています。

Image 魚食の頻度とIQ

Liu J, et al. Sci Rep. 2017 ;7(1): 17961.より作成

みなさま、よい睡眠を

最後に、厚生労働省が公表している「質のよい睡眠」の指標には次のような内容があります13)

  • 個人に必要な睡眠の量(時間)が確保され、日中に過度の眠気や意図しない居眠りが生じないこと。
  • 睡眠の安定性が確保されていること。
    • ノンレム-レム睡眠のサイクルがある程度規則的で中途覚醒が少ないこと。
    • 睡眠前半に必要な深睡眠(徐波睡眠)が確保されていること。
    • 睡眠中盤から後半にかけて出現するレム睡眠が覚醒などで途切れないこと。
  • 就寝してから入眠するまでに過度の時間を要しないこと。
    • 気にならない程度の長さであれば問題ない。
    • 極端に短い(数分以内)場合は睡眠不足の可能性もあるので適切でない。

睡眠の質を高めることの大切さを理解して睡眠不足や不眠を改善することは、あらゆる側面で非常に重要です。

そのための方法のひとつとして、DHAを積極的に摂ることで改善できる可能性があります。食品からの摂取が難しい場合はサプリメントで補う方法もあります。

出典:

  1. Vgontzas AN, et al. Sleep Med Rev. 2013; 17(4):241-254.
  2. Chang PP, et al. Am J Epidemiol. 1997; 146:105-114.
  3. OECD, Gender Date Portal. 2021
  4. Hafner M, et al. Rand Health Q. 2017; 6(4): 11.
  5. Belenky G, et al. J Sleep Res. 12(1):1-12.
  6. Fuligni AJ, et al. Child Dev. 2018; 89(2): e18-e28.
  7. Silva AA, et al. BMJ Open 2016;6:e008119.
  8. Ohayon M, et al. SLEEP 2004;27(7):1255-73.
  9. 厚生労働省 「健康づくりのための睡眠指針 2014(平成 26 年 3 月)」(2022年8月8日時点)
  10. Hashimoto M, et al. Crit Rev Biotechnol 2017;37(5):579-597.
  11. Gerstner JR, Kadotani H, et al. Sci Adv. 2017; 3(4):e1602663.
  12. Liu J, et al. Sci Rep. 2017 ;7(1):17961.
  13. 厚生労働省 「第3章 より健康的な睡眠を確保するための生活術 3.1良質睡眠・健康睡眠とは」(2022年8月8日時点)