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注目が集まる「レム睡眠」の役割とは?レム睡眠の「量」が認知症予防のカギに?

睡眠には「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」の2種類があり

睡眠には「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」の2種類があり、それぞれ異なる働きをしています。ノンレム睡眠とレム睡眠について知っておくと、睡眠の質向上にも役立つはずです。今回は、これらのうちのレム睡眠について詳しく解説します。

 

レム睡眠とは

レム睡眠は、一般的に「浅い睡眠」と言われています。しかし実際には「レム睡眠=浅い睡眠」というわけではなく、レム睡眠の脳波が浅い睡眠時と似ているため、このように言われてきたと考えられます。浅い睡眠の場合、外部からの刺激によって容易に起きてしまいますが、レム睡眠中は外部の刺激で起きることはあまりありません。

レム睡眠中は夢を見ることが多く、起きたときに鮮明に覚えていることも少なくありません。心拍や呼吸は非常に不規則になり、交感神経系が優位になります。また、左右に眼球が急速に動く、急速眼球運動(Rapid Eye Movement )が見られます。

しかし、レム睡眠は謎の多い睡眠です。今なお、レム睡眠中に脳でどのような変化が起きているのかについては、まだほんの一部しかわかっていないといっても過言ではありません。私はレム睡眠を専門とした研究を行っています。

認知機能とレム睡眠の関係

認知機能とレム睡眠の関係

近年の睡眠に関する研究では、認知機能との関連性からレム睡眠に注目が集まっています。では、レム睡眠と認知症とでは、どのような関連があるのでしょう。

認知症とレム睡眠の「量」との関連性

  • 認知症と睡眠傾向の関連性を調査した研究

認知症とレム睡眠の関連性について、アメリカのグループがヒトでの調査研究を行なっています。

この研究では、60歳以上の健常者を集めて、睡眠を計測しました。およそ12年間にわたり調査をして、「誰が認知症になったか」「認知症になった人は、60歳だったときにどういった睡眠の特徴があったのか」を調べたのです。

その結果わかったのは、レム睡眠が少ない人が認知症になりやすいということです。一方で、ノンレム睡眠の特徴は見出されませんでした。このことから、「レム睡眠は認知症の予防に重要なのではないか」という可能性が浮上しています。

高齢期になると、レム睡眠の割合は減少します。認知症の最大のリスクは何かというと、加齢です。高齢になればなるほど認知症になりやすいと言えます。高齢になると何が変わるかと言えば、レム睡眠が減ります。そういった意味でも、レム睡眠はその量が認知症や脳機能低下に深く関与しているのではないかと考えられます。

  • アルツハイマーのマウスを使った記憶力テスト実験

また、理化学研究所の西道隆臣先生と名古屋市立大学の斉藤貴志先生のグループが、人間のアルツハイマー病、特に家族性アルツハイマー病を再現したマウスを作る実験に成功。そして、私たちとの共同研究において、このマウスにおける学習能力低下と睡眠がどのような関係にあるのかを調べています。

アルツハイマーのマウスを使った記憶力テスト実験

認知症のマウスで記憶学習テストを行ったのですが、マウスたちはみな認知症なので、記憶学習のテストはあまりよくありませんでしたが、その成績にはかなりバラつきがありました。

例えば、あるマウスはレム睡眠が50分くらいあって、記憶テストは40点弱くらいでした。また、あるマウスは、レム睡眠が非常に少なく30分もないくらいで、記憶テストはほぼ0点でした。レム睡眠が少ないマウスほど、記憶テストの成績が悪かったのです。この実験結果から、レム睡眠の異常が認知機能の低下に大きく関与している可能性が浮上しました。

レム睡眠中と脳内血流量の関係

レム睡眠中と脳内血流量の関係

前述したように、レム睡眠はいまだ謎の多い睡眠です。その機能についてはわかっていないことが多々あります。そこで、レム睡眠中に脳でどのような変化が起きているのかを解明するために、私たちは「脳内の血流」に着目しました。

血流は、脳以外の部位ではダイナミックに変動します。例えば、運動したりお風呂に入ったりすると、局所的あるいは全身的に、血流が激しく上昇します。しかし、体でそういった変化があったときも、脳の血流の量はほとんど変わりません。これはおそらく、脳には血流をなるべく下げずに一定に保つ仕組みが働くからだと考えられます。

レム睡眠時の大脳皮質の血流量は、起きているときの2倍近い

私たちは、睡眠中の脳の血流変化に注目し、以下の実験を行いました。

脳の血流が観察できるマウスで、レム睡眠やノンレム睡眠中に大脳皮質の毛細血管の血流がどう変化するかを調べたのです。

レム睡眠時の大脳皮質の血流量は、起きているときの2倍近い

その結果、マウスがレム睡眠に入ると、血流が一気に上がっていきました。しばらくして、一度マウスが起きると、血流は一気に下がりました。その後、マウスは再び眠るとノンレム睡眠に入ったのですが、血流は低いままでした。

また、別の毛細血管では、レム睡眠から始まり、そのときの血流は非常に高くなっていましたが、起きると血流はすぐに低下。その後、再び眠ったノンレム睡眠時も低いままでした。つまり、起きているときとノンレム睡眠のときは、レム睡眠時のような高い状態になることはなかったのです。

この実験から、レム睡眠は毛細血管の血流が圧倒的に高い状態だとわかりました。私たちは大脳皮質のさまざまな領野でこの検証を行っていますが、どの領野で調べても、レム睡眠中は起きているときやノンレム睡眠時と比べて2倍程度血流が高いことがわかっています。

脳の血流量と認知機能には大きな関連がある

レム睡眠は一晩の睡眠のうち1時間程度です。しかし、その間に大脳皮質の血流が活性化することが、脳の機能維持・認知症の予防などに重要なのではないかと考えられています。

また、気分障害やうつ病の方は、脳の血流が下がって大脳皮質がどんどん萎縮していきます。レム睡眠を増やすことでこういった疾患の改善にもつながるのではないかと期待できます。

カフェインがレム睡眠時の血流上昇を阻害する可能性

私たちの研究グループは、アデノシンA2A受容体という遺伝子が生まれつきないマウスでも同じ実験を行なっています。

アデノシンA2A受容体がないマウスとは、カフェインを高い頻度で摂っているマウスだと考えてください。カフェインを摂取すると興奮して眠れなくなるのは、カフェインがアデノシンA2A受容体をブロックすることで睡眠を阻害しているからです。

この実験の結果、アデノシンA2A受容体を持たないマウスは、レム睡眠に入っても全く血流が上がらないことがわかりました。つまり、カフェインはおそらく入眠を阻害するだけではなく、入眠できたとしてもレム睡眠時の血流上昇を阻害し、レム睡眠の質を低下させている可能性があると考えられます。

まとめ

レム睡眠はまだまだ謎の多い睡眠です。しかし最新の研究では、加齢や認知症などによって認知機能が下がった結果、レム睡眠が減って睡眠の質が下がって脳の血流が悪化、それがさらに認知機能の低下を進行させているのではないかと考えられています。そして、このメカニズムを解明し治療に介入することで、認知症あるいは老化全般に伴う機能低下を防げるのではないかと、研究が行われています。
また、近年では私たちはレム睡眠とうつ病との関連についても研究を進めており、レム睡眠の役割の解明と、それによる新しい治療法の開発に取り組んでいます。