• 専門家に聞きました

睡眠負債が認知症の危険因子に?睡眠負債がもたらす影響

近年注目を集めている「睡眠負債」というワード。みなさんの中にも聞いたことがある方が多いのではないでしょうか

近年注目を集めている「睡眠負債」というワード。みなさんの中にも聞いたことがある方が多いのではないでしょうか。睡眠負債がたまっていくと、毎日のパフォーマンスに影響を及ぼすばかりでなく、認知症の危険因子になったり糖尿病のリスクを増大させたりする可能性も示唆されています。今回は、そんな睡眠負債について解説します。

睡眠負債とは

睡眠負債とは、最適な睡眠時間と実際の睡眠時間の差を表現した言葉です。

例)

  • Aさんの場合

最適な睡眠時間:7.5時間

実際の睡眠時間:7時間

1日あたりの睡眠負債:0.5時間

  • Bさんの場合

最適な睡眠時間:8.5時間

実際の睡眠時間:6.5時間

1日あたりの睡眠負債:2時間

上の例では、Bさんのほうが睡眠負債は大きいということになります。

最適な睡眠時間とは

最適な睡眠時間とは

「最適な睡眠時間」というのは非常に複雑な概念です。そもそも睡眠の役割が完全に解明されているわけではないなかで、何をもって「最適」と見なすのかは非常に難しいところです。

しかし、それがおそらく個人差があるものだということはわかっています。また、最適な睡眠時間あるいは睡眠負債は、普段実際に寝ている時間から単純計算できるものではないとも言われています。

睡眠負債と最適な睡眠時間を算出する方法

現秋田大学の三島和夫教授らが、睡眠負債を大まかに見積もる方法について非常におもしろい論文を出しています。

ある日に邪魔されずに好きなだけ眠ってみます。朝になって音がしたりすると起きてしまうので、そういうことがないようしっかり管理して、寝られるだけ寝るのです。

そして、その状態で寝続けられた時間から普段の睡眠時間を引きます。さらにそこから2を引くと、それがだいたいの睡眠負債ということになります。また、この睡眠負債を普段の睡眠時間に足したものが、最適な睡眠時間です。

当時の私が試しにやってみたところ、以下のようになりました。

寝られるだけ寝てみた時間:9.5時間

普段の睡眠時間:6時間

9.5 – 6 – 2 = 1.5(睡眠負債)

6 + 1.5 = 7.5(最適な睡眠時間)

睡眠負債と認知症の関連性

睡眠負債と認知症の関連性

近年の研究により、睡眠負債と認知症との関連が報告されています。

認知症になると睡眠障害に陥りやすい

現秋田大学の三島和夫教授が国立精神神経センター時代に行った研究で、認知症にともなう周辺症状がそれぞれどのくらいの頻度で出現するのかを調査したものがあります。調査の結果、圧倒的に多かったのが睡眠障害でした。認知症患者のうち、半分ほどの方が睡眠障害を持っていたのです。1)

またこの研究では、高齢者の方で施設への入所を余儀なくされた方と、在宅介護を受ける高齢者の方で、どういった違いがあるのかについても調べています。

研究結果によると、睡眠障害があると施設への入居率が高くなることがわかっています。つまり、睡眠障害があると、在宅の介護は破綻しやすくなるのです。もちろん施設においても、睡眠障害の患者さんの介護は大変です。ご本人はもちろん介護側にも大きな負担になるため、認知症に伴う睡眠障害の克服は社会の喫緊の課題と言えるでしょう。

睡眠の質悪化が、認知症の進行をもたらす

また近年、認知症と睡眠には双方向の関係があるということがわかってきています。つまり、睡眠の質の悪化が認知症の進行や脳機能の低下をもたらし、逆に認知症の進行と脳機能の低下は睡眠に悪影響を及ぼす可能性があるということです。

この説の火付け役となったのは、2009年に米国のグループがサイエンスに発表した発見です。

この研究では、マウスの脳の間質液(神経細胞など脳をつくる細胞全体が浸っている液体)にあるβアミロイド(アルツハイマー病の原因物質のひとつ)という物質の量の変動を観測しています。βアミロイドの量は、そもそもあまり変動するとは思われていなかったのですが、マウスを使って計ってみたところ、夜間(活動中)に高く日中(睡眠中)に下がることがわかりました。つまり、寝ているときにβアミロイドは減少することが示唆されたのです。

睡眠負債が蓄積すると、アルツハイマーの原因物質が脳内で増加

米国の研究グループが、「マウスに睡眠負債を与えると、マウスの脳の間質液(神経細胞など脳をつくる細胞全体が浸っている液体)の中にあるβアミロイド(アルツハイマー病の原因物質のひとつ)の量がどう変動するのか」について実験を行っています。

マウスは、好きに寝させてあげると1日に10.5時間程度寝る生き物です。しかし、このグループでは4時間までしか寝させないようにしました。つまり、1日あたり6.5時間の睡眠負債が貯まるというわけです。

その結果、このマウスの脳内のβアミロイドの蓄積量は、3週間で大幅に上昇したといわれています。

睡眠負債が蓄積すると、アルツハイマーの原因物質が脳内で増加

さらに、このグループは、好きなだけ寝たマウスと睡眠負債を与えられたマウスの脳を比較した実験も行っているのですが、その結果としては、睡眠負債を与えられたマウスのほうが、βアミロイドのプラーク(黒いかたまり)が増えていたのです。

このことから、睡眠負債により認知症やアルツハイマーのリスクが増大すると考えられます。

一晩寝ないだけでアルツハイマーの原因物質が脳内で増加

さらに2018年には、人間における研究も行われています。

この研究では、たった一晩寝ないだけでβアミロイドが増えることが報告されています。また、脳脊髄液中のタウやα-シヌクレインといった物質も増加しました。タウはアルツハイマー病のもうひとつの原因物質、α-シヌクレインはパーキンソン病やレビー小体型認知症の原因物質とされています。睡眠を取らないだけで、認知機能に関わるさまざまな物質が増加してしまうというわけです。

睡眠負債の怖さとは

睡眠負債は自分でも気付かないうちに溜まっている

睡眠負債は、溜まっていても明確な自覚症状がない場合があり、自分で気づきにくいことがあります。「毎日しっかり睡眠をとれているから大丈夫」と思っている人の睡眠を測ってみたら、実は睡眠負債が大きかったというケースもあるようです。反対に、「自分は睡眠不足だ」と言っている人の睡眠を測ってみたら、実はそれほど睡眠不足でもないことも。

健康への影響も

睡眠負債が蓄積することで、糖尿病のリスクが高まる可能性があります。この因果関係についてははっきりしていませんが、今後の研究による解明が期待されます。

 

まとめ

忙しい毎日の中で、現代人は睡眠不足になりがちです。また、明らかな睡眠不足ではなくとも、日々少しずつの寝不足が蓄積して睡眠負債となっている恐れも。今回ご紹介したように、睡眠負債は認知症や糖尿病のリスクを増大させる危険因子になる可能性もあります。まずはご自身に最適な睡眠時間を知り、理想的な睡眠時間を確保できるようにしましょう。

出典:

  1. ナショナルジオグラフィック 三島和夫著「睡眠の都市伝説を斬る 第27回 在宅介護を破綻させる認知症の睡眠障害」