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【Vol.3】次々に明らかになるDHAの底力

Image 橋本道男先生

橋本 道男 先生

島根大学医学部 客員教授

インターネットやテレビ、雑誌など、今やサプリメントの広告が溢れています。

健康的な食事の代わりにはならないものの、健康維持のためにそれらを取り入れることは決して悪いことではありません。

その中でDHAは、私たちの心身の健康維持に幅広く必要な栄養素であることが次々と報告されています。これまでにDHAについてどんなことがわかっているのか、DHA研究の第一人者である島根大学の橋本道男先生にご紹介いただきました。

DHAの認知機能に対する効果

DHAは脳内アミロイドβを減少させる

2013年2月、驚くべき研究成果が新聞で報道されました。それは、ノーベル賞を受賞された京都大学の山中伸弥先生たちのグループによる、iPS細胞を用いたDHAの研究報告でした1)

アルツハイマー病の人では脳内に多く蓄積されるアミロイドβと呼ばれるたんぱく質が細胞死を引き起こします。その記事は、青魚に含まれるDHAを投与すると細胞内ストレスが軽減して、細胞死が減ったという報告でした。

アルツハイマー病は、ドイツの医師、アロイス・アルツハイマーが初めて報告してから約120年経ちますが、その間多くの研究者が予防薬や治療薬の開発に取り組んできました。しかし、未だに十分な成果は得られていません。そうした現状に光を当てるように、DHAがその解決の糸口になる可能性が、iPS細胞を用いた研究で示されたのです1)

同時に、アルツハイマー病の人の中にもアミロイドβの大きな分子の集まり(重合体)が作り出される人とそうでない人がいて、DHAが反応するのは前者のみということも明らかになりました1)

DHA強化食品の認知機能に対する効果

われわれ島根大学の研究グループは2008年11月から2010年12月にかけて、65歳以上の地域の健常在宅高齢者を対象に、DHAを強化した魚肉ソーセージを摂取した期間と摂取しなかった期間の認知機能の違いを比較しました。その結果、DHA強化魚肉ソーセージの摂取が、加齢による認知機能低下を遅らせる可能性があることがわかりました2)

また、米国とカナダの健常高齢者96,000人以上を対象とした研究では、血中DHAレベルが高いほど脳の白質容積が大きく、DHAの摂取は脳の容積にも影響を与えることが示唆されています3)

DHAは介護者の負担も軽減する

DHAが脳の機能維持を助けることは、認知症や加齢による認知機能低下でお困りのご本人だけでなく、ご家族や介護にあたる人たちにもよい影響を与えます。

島根大学の研究グループは、2012年から2013年にかけて、島根県内の高齢者施設5施設の入居者75人を対象に、1日1,720mgのDHAを含む食事を摂取する群43人と、通常の食事を摂取する群32人に分け、6ヵ月後と12ヵ月後に認知機能の状態を比較しました4)。対象の平均年齢は88.5歳で、2種類の検査(MMSE*、HDS-R**)で認知機能低下高齢者と判定されている集団でした。

検討の結果、DHAを含む食事を摂取した群では、覚えたことをすぐに思い起こす機能である即時記憶が改善し、やる気も高まっていました4)。そしてこの改善により、介護者の負担も軽減され、DHA摂取が周囲にも恩恵をもたらすことがわかりました4)

*MMSE 日本語ではミニメンタルステート検査。認知症診断用の検査で、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などの11の項目で構成される。

**HDS-R 年齢、見当識、3単語の即時記銘と遅延再生、計算、数字の逆唱、物品記銘、言語流暢性などの9項目で構成される認知機能検査。

リン脂質結合DHAを脳に取り込む仕組み

DHAは特殊なたんぱく質と結合して脳に運ばれる

DHAは脳の正常な機能と認知機能を維持するために必須の栄養素ですが、体内で合成されることはありません。そのため、食事や飲料を介して摂取する必要があります。しかし、体内に入って血液中に取り入れられても2分程度で半減するため5)、速やかに脳に送られなければなりません。

ところが、脳につながる血管には血液脳関門と呼ばれる関所があります。これは異物を脳に通さないための仕組みですが、それでは、どのようにして外部から取り入れたDHAが脳に速やかに運ばれ、蓄積されるのでしょうか?

近年、血液脳関門を構成する血管の細胞膜にMfsd2aと呼ばれるたんぱく質が発見されました。DHAはDHA-LPCという形態でこのたんぱく質を利用して血液脳関門をスムーズに通過することがわかりました5)。DHA-LPCは血中ではアルブミンに結合していますが、血液脳関門に到着するとアルブミンから離れ、Mfsd2aに結合して脂質層の内側に輸送されます。それにより、細胞間に密着結合した部分があるにもかかわらず、脳に直面する細胞膜まで到達できることが示唆されました。

Image 血液脳関門の血管内皮細胞におけるDHA輸送

橋本道男.日本認知症学会誌 2015 ; 29. 9-25.より改変

脳に取り込まれやすい“特別なDHA”

さらに、DHA-LPCは脳内に入ると、DHA-PCという形態に速やかに変換されます。DHA-LPCやDHA-PCは、細胞膜の主成分であるリン脂質に含まれるリゾホスファチジルコリン(LPC)やホスファチジルコリン(PC)という物質に結合したDHAで、脳に取り込まれやすい“特別なDHA”といえます(「なぜ、いまDHAが注目されているのか」)。

DHAはDHA-LPCとなることで、Mfsd2aを介して堂々と血液脳関門を通過し、脳に入ると速やかにDHA-PCに変換され、脳組織を支えていきます。

Image DHA-LPC、DHA-PCの構造

DHAと運動

DHAの効果は、身体の様々な機能にもおよぶことが明らかにされてきています。

たとえば、加齢による筋力低下に対するDHAの影響の検討が行われています7)。島根大学の研究グループは2016年、骨格を動かす筋肉(骨格筋)の収縮や弛緩に関与するミオシンと呼ばれるたんぱく質が、DHAの投与によってどのように反応するのかをラットの実験で確認しました。その結果、収縮スピードが速く、瞬発力を要する運動のときに使われる速筋と呼ばれる下肢の筋肉が、DHAによって増えることが確認されました7)

高齢者では活動性が低下し、筋力が衰えることが転倒や寝たきりにつながると考えられています。認知機能だけでなく、筋肉の衰えを補うためにも、高齢者はDHAを積極的に摂取するとよいのではないでしょうか。

さらに、DHAの摂取に加えて、運動と併用することで認知機能低下の予防に相乗的に働くと考えています8)

Image DHAと有酸素運動による認知症予防の機序

橋本道男.日本認知症学会誌 2015 ; 29. 9-25.より改変

DHAが男性の生殖機能維持にも貢献できる可能性

2022年4月から不妊治療に保険が適用されるなど、不妊治療への関心が高まっていますが、最近、DHAと男性の生殖(精子)機能に関連する研究報告がありました。

1つは、関東地区に居住する男性110人を対象とする研究報告で、イクラから抽出したDHAの精子への影響を検討したものです。DHA 150mgを含む食事を摂取する55人と、DHAの代わりにベニバナ油を使用した食事を摂取する55人に分け、それぞれを12週間摂取してもらいました。その結果、12週間後の年齢別の評価で、35~44歳のDHA摂取群の精子濃度が、ベニバナ油群と比較して明らかに増加していました9)

Image DHAを含む食事摂取後の精子濃度

※プラセボ投与群はベニバナ油投与群 Takada Y, et al. Pharmacometrics 2023; 105 (3/4): 57-68.

男性不妊症患者の精子を調べた別の検討では、精子の直線運動性に問題があることが明らかにされると同時に、DHAがそれを改善することが確認されています10)

これらのDHAについての研究報告が生殖能力の向上に直結するかどうかは今後の試験の積み重ね次第ですが、男性の生殖機能維持に1つの光を与える可能性がある報告ではないでしょうか。

DHAの生涯にわたる恩恵

DHAは、私たちの生涯における様々なステージで、心身の健康を維持・増進するために必須の栄養素です。

DHAは精子の数9)やその鞭毛運動を増やすこと10)に始まり、脳の発達、うつ病などの精神疾患11,12)や心疾患の予防と改善13,14)、中年期以降では認知機能低下の遅延2)、筋力維持7)などに期待できると考えられています。

消費者庁による2012年の「食品の機能性評価モデル事業」でも、DHA/EPAは「心血管疾病リスク低減」「関節リウマチ症状緩和」など複数の機能性について、「明確で十分な根拠がある」と評価されています15)

Image ライフステージ別のEPA・DHAの効能

このように、DHAは私たちの心身の健康維持のために大切な栄養素であることが、さまざまな側面から明らかになってきています。

ただし、DHAは私たちの体内でつくられないため、食事やサプリメントなどで摂取する必要があります。DHAは魚油(特に青魚)に豊富に含まれており、また最近はDHAを増強した食品や飲料も開発されていますので、うまく活用するとよいと思います。日ごろからの積極的な摂取を心がけましょう。

出典:

  1. Kondo T, et al. Cell Stem Cell. 2013; 12(4): 487-96.
  2. Hashimoto M, et al. Journal of Aging Research & Clinical Practice. 2012; 1(3): 193-201.
  3. Loong S, et al. Brain Sci. 2023; 13(9): 1278.
  4. Hashimoto M, et al. Geriatr Gerontol Int. 2017; 17(2): 330-337.
  5. Umhau JC, et al. J Lipid Res. 2009; 50(7): 1259-1268.
  6. Long NN. et al. Nature. 2014; 509(7501): 503-506.
  7. Hashimoto M, et al. Mol Cell Biochem. 2016; 415(1-2):169-181.
  8. 橋本道男.日本認知症学会誌. 2015; 29. 9-25.
  9. Takada Y, et al. Pharmacometrics. 2023; 105 (3/4): 57-68.
  10. González-Ravina C, et al. Reprod Biol. 2018; 18(3): 282-288.
  11. Sarris J, et al. J Clin Psychiatry. 2012; 73(1): 81-86.
  12. Hibbeln JR, et al. J Affect Disord. 2002; 69(1-3): 15-29.
  13. Wu JHY, et al. Circulation. 2012; 125(9): 1084-1093.
  14. Stanley WC, et al. Curr Opin Clin Nutr Metab Care. 2012; 15(2): 122-126.
  15. 消費者庁「食品の機能性評価モデル事業」の結果報告2012.(2024年9月13日時点)