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【Vol.1】なぜ、いまDHAが注目されているのか

Image 橋本道男先生

橋本 道男 先生

島根大学医学部 客員教授

内閣府による2024年3月発表の「国民生活に関する世論調査」によると、国民の約6割が自分の健康について悩みや不安を抱えていることが明らかになりました1)。この結果を反映してか、最近のテレビや雑誌では、健康食品やサプリメントの広告が非常に増えている印象があります。

その中でも、私たちが生きていく上で非常に重要な「脳の働き」を助けてくれる栄養素としてDHAが注目されています。

DHAがなぜ、いま注目されているのか、DHA研究の第一人者である島根大学の橋本道男先生に、DHAの特徴と脳への働きについてお話しいただきました。

DHAって何?

DHAは脂質に含まれる脂肪酸

DHAは三大栄養素である「炭水化物」「タンパク質」「脂質」のうち、「脂質」に含まれる、オメガ3脂肪酸といわれる脂肪酸の1つです。

脂質は優れたエネルギー源ではあるものの、健康を考えると必要以上に摂取する必要はないと長らく考えられてきました。しかし、20世紀に入ると、脂質に含まれる脂肪酸が私たちの心身の健康に欠くことのできない栄養素であることがわかってきました。

DHAの正式名称はドコサヘキサエン酸です。ただし、DHAは体の中でつくることができないため、食べ物や飲み物から摂取する必要があります。不足すると心身の健康に支障をきたすため、DHAは必須脂肪酸と呼ばれます。

Image DHAは脂質(脂肪酸)の1つ

DHAは青魚などの脂肪(魚油)に多く含まれる

それでは、DHAはどのように摂取したらよいのでしょうか?

DHAは魚油(特に青魚)に多く含まれているため、これらを積極的に摂取することで体内に取り入れることができます。

しかし、日本では食生活の欧米化により、魚を食べる人が減少しているといわれています。そのため、DHAを効率的に摂取するために、サプリメントやDHAを添加した食品などが開発されています。

DHAは脳にとって重要な栄養素

脂肪酸としては、免疫や炎症、止血などの過剰な反応を抑えるとされるEPA(エイコサペンタエン酸)、血圧やコレステロールをコントロールすると考えられているALA(α-リノレン酸)、そしてDHAの3つが代表的です。

その中でもDHAは、網膜、神経、心臓、精子、母乳などに分布し、特に脳に多く存在します。ちなみに、EPAは脳に含まれる脂肪酸の総量の0.1%以下、ALAは約0.2%ですが、DHAは11~20%といわれています2)。

Image DHAは脳の栄養源

リン脂質に結合したDHAは脳に取り込まれやすい

一般的に知られるDHAはDHA-TAG

では、体内に入ったDHAは、どのようにして脳に取り込まれるのでしょうか?

DHAはオメガ3脂肪酸の一種ですが、それに結合する化学物質の違いによって性質が少し異なります。

代表的なものは、DHA-TAGというDHAです。これはコレステロールの検査項目の1つでもあるトリグリセリド(トリアシルグリセロール:TAG)と結合したDHAです。TAGは体脂肪の主成分であり、オキアミやそれを餌とするカツオ、マグロなどに多く含まれます。ただし、食事などを介してDHA-TAGを摂取すると、体の脂肪組織や心臓に優先的に取り込まれ、脳には取り込まれにくいことが確認されています3)。

DHA-PC、DHA-LPCは“特別なDHA”

DHAには、ホスファチジルコリン(PC)やリゾホスファチジルコリン(LPC)という化学物質と結合したDHA-PC、DHA-LPCと呼ばれるものもあります。PCはリン脂質と呼ばれる細胞膜の主成分の総称で、分解されてLPCとなります。その構成成分のコリンはビタミンの仲間で、神経伝達物質の原料であり、脂質やコレステロールの輸送や代謝にも関わる重要な物質です。

実は、脂質の輸送や情報伝達に関わるリン脂質であるPC、LPCと結合したDHA-PC、DHA-LPCこそが、私たちの脳に優先的に取り込まれる“特別なDHA”なのです。

Image DHAの形態によってどこに取り込まれやすいかが異なる

DHA-PC、DHA-LPCは脳に取り込まれやすい

それでは、DHA-PCやDHA-LPCはなぜ脳に取り込まれやすいのでしょうか?

私たちの脳に栄養を送る血管には、血液脳関門と呼ばれる関所があります。この関所は、脳に悪影響を与えるものを通さないようにしています。しかし、リン脂質は血液脳関門をスムーズに通過することが確認されています4)。そのため、DHAの中でもリン脂質と結合したDHA-PCやDHA-LPCは脳に運ばれやすく、脳機能の維持・向上に効果を発揮できるのです。

このことを証明する研究も数多くあります。たとえば、DHA-PCの学習能力への影響を検討した研究では、DHA-PCを投与したマウスは、通常の魚由来のDHAを投与したマウスと比較して、明らかに学習能力が高まることが確認されています5)。

このほか、DHA-PCには炎症の抑制6)、肝臓での脂肪蓄積の抑制や血液中の中性脂肪の減少7)、さらには睡眠の質の向上8)などの効果が期待できることも報告されています。

DHAは前頭葉機能の心強い味方

脳の前頭葉はとても大切な機能

脳におけるDHAの働きをもう少し詳しくお話ししましょう。

脳の機能の中で、前頭葉の機能は人間が人間らしく生きるための、他の動物には見られない知的機能の司令塔です。その中で最も重要とされるのが注意分配機能です。注意分配機能とは、多種多様な対象に注意を配るだけでなく、同時に2つ以上のことを行ったり、それらを管理したりする能力です。

脳の老化や老人性認知症の進行の過程では、この前頭葉が司る注意分配機能の低下が、記憶を含む認知機能の障害に先行して起きてくると考えられています。

そのため、私たちがいつまでも活動的に生きてゆくためには、前頭葉機能をいかに維持するかがとても大切になります。

Image 大脳新皮質と知的機能(頭上からみた略図)

前頭葉機能を助けるDHA

われわれ島根大学の研究グループは2008年から2010年にかけて、65歳以上の健常在宅高齢者(平均年齢73歳)を対象に、DHAの前頭葉に対する作用について検討しました9)。

この検討では、DHA(1,720mg)を強化した食品を摂取するグループと、DHAを強化していない食品を摂取するグループに分け、摂取前と継続摂取6ヵ月後に前頭葉機能のテスト(FAB: Frontal Assessment Battery)を行い、その結果を比較しました。FABは「バナナとみかんはどこが似ていますか(正解:果物、フルーツ)」「私が1回机をたたいたら、そのあとすぐに2回たたいてください(指示の理解力)」など、6項目の課題で構成され、結果を点数化して評価します。これにより、前頭葉が十分に機能しているかどうかを推しはかることができます。

検討の結果、DHAの強化食品を摂取したグループでは摂取しなかったグループに比べ、前頭葉機能が向上する傾向が示されました。すなわち、DHAが前頭葉によい影響を与える心強い味方であることがわかったのです。

Image DHAが高齢者認知機能(前頭葉機能試験)に及ぼす影響

DHAを積極的に摂取しましょう!

このように、DHAは脳によい影響をもたらすことが明らかになりつつあります。

ただし、DHAは私たちの体内ではつくられないため、食事やサプリメントなどで摂取する必要があります。幸いにも、DHAは魚油(特に青魚)に豊富に含まれており、最近ではDHAを増強した食品や飲料も開発されています。

ご自身の生活に合った方法で、DHAを積極的に摂取することを意識してみてはいかがでしょうか。

出典:

  1. 内閣府.国民生活に関する世論調査(令和5年11月調査)(2024年10月16日時点)
  2. 橋本道男 他,オレオサイエンス. 2022; 22(7): 327-335.
  3. Sugasini D, et al. J Nutr Biochem. 2019; 74: 108231.
  4. 日比野英彦 他. 油化学. 1992; 41(4): 341-348.
  5. Izaki Y, et al. Neurosci Lett. 1994; 167(1-2): 171-174.
  6. 田中幸久 他. 油化学. 2000; 49(1): 75.
  7. Shirouchi B, et al. J Agric Food Chem. 2007; 55(17): 7170.
  8. 大久保剛 他. 日本睡眠環境学会雑誌. 2011; 8(1): 9.
  9. Hashimoto M, et al. J Aging Res Clin Pract. 2012; 1(3): 193-201.