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一生を通して必要な脂肪酸DHAは認知機能に特に大切

Image 川端輝江先生

川端 輝江 先生

女子栄養大学 栄養学部 教授

最近、「EPA」や「DHA」の文字を、テレビやインターネットで頻繁に目にするようになりました。

しかし、それらがいったいどんなものなのかご存じでしょうか。実は、私たちは生まれたときから老後に至るまで、EPAやDHAを自然に摂取しており、それらは体の様々な機能を助ける働きをしてくれています。

そこで、EPAやDHAの特徴と必要性について、栄養学のエキスパートである女子栄養大学の川端輝江先生にご解説いただきました。

食事中の脂質の大半を占める脂肪酸

脂質イコール「悪いイメージ」ではない

脂質と聞くと肥満と結びつける人が多いのではないかと思います。

しかし、脂質は生命活動のエネルギー源であるとともに、体の様々な機能を活性化したり制御したりする役割を担っており、とても大切な栄養素です。

飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の違い

一般的に日本人は1日約60gの脂質を摂取しています。そのうちの大部分が中性脂肪(いわゆるあぶら)と呼ばれる成分で、さらにその中性脂肪を構成しているのが脂肪酸です。脂肪酸は体の中に貯められ、必要に応じてエネルギー源となります。脂肪酸には飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸があり、それぞれ約18gと約36gの摂取量となっています1)

飽和脂肪酸は動植物に広く含まれていますが、特に獣肉に多いです。以前は過剰な摂取が心血管疾患リスクを高めるとされていましたが、研究が進んだ現在では、むやみな制限も極端な過剰摂取も避けるべきものとされています2)

不飽和脂肪酸は体の様々な機能をコントロールする

不飽和脂肪酸は一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分けられます。一価不飽和脂肪酸を代表するオレイン酸が含まれる食材で、健康によいと考えられている食材にオリーブ油があります。オリーブ油がもたらす健康への影響は、それを多用する地中海食の持つ特徴によるところもあるようです2)

多価不飽和脂肪酸はさらにオメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸に分けられます。オメガ6脂肪酸ではリノール酸が知られています。リノール酸は冠動脈疾患を予防する可能性があるとされています3)。リノール酸から合成される脂肪酸としてγ-リノレン酸やアラキドン酸などがあります4)。オメガ3脂肪酸にはEPAとDHAと呼ばれる脂肪酸があります。EPAとDHAの有益性については後述します。

Image 脂肪酸の分類と含まれる食品

EPAとDHAはわれわれが生涯お世話になる脂肪酸

妊娠期は積極的な摂取が必要

妊娠期にはEPAやDHAの摂取が非常に重要であることが、数多くの研究でわかっています。例えば、妊娠女性がEPAやDHAを摂取していると早産や低出生体重児のリスクが減ることが確認されています5)。また妊娠期や産後の女性では気分の落ち込みなどもときどき見られますが、オメガ3脂肪酸の摂取が気分の落ち込みを抑える可能性が報告されています6,7)。さらに、妊娠期にオメガ3脂肪酸が豊富な魚を母親がより多く摂取すると、出産後の子供の精神発達が良好であることも報告されています8)

Image 妊娠中の母親へのオメガ3脂肪酸投与による出生児の状態変化 ーコクランレビューよりー

Middleton P, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2018; 11(11): No.CD003402.

EPAとDHAは成長期にも重要な栄養素

成長期においても、EPAとDHAの摂取の重要性を示す報告があります。

8~9歳の小児を対象に魚の摂取の認知機能に与える影響を調べたデンマークの研究では、1週間あたり約300gの魚を食べさせた小児の集団では、同量の鶏肉を食べさせた集団に比べ、認知能力がより高いことが報告されました9)。さらに、沖縄県の中学生(12~15歳)を対象にした研究では、魚をたくさん食べている男児では抑うつが少ないことも確認されています10)。脳への影響を考えると、成長期でのEPAとDHAの積極的な摂取が大切といえそうです。

成人期は生活習慣病の予防

成人期はどうでしょうか。オメガ3脂肪酸が血液をサラサラにすること(抗血小板作用11))や炎症を抑えること(抗炎症作用12,13))がすでに報告されており、そうした作用が生活習慣病の予防に働くのではないかと考えられています。

高齢期は身体機能と認知機能の維持・向上

歳をとると体の様々な機能が低下します。EPAとDHAは高齢者の身体機能維持に役立つと考えられます。米国ワシントン大学の60~85歳の男女を対象にした研究では、毎日魚油由来のEPAとDHAを摂取したグループでは毎日コーン油を摂取したグループと比較して、6ヵ月後の大腿筋肉量や握力が増加しました14)。認知機能に対する効果もよく知られており、オランダで実施された研究では、55歳以上の5,386人を平均2.1年間追跡したところ、魚をほとんど食べない人(1日3g以下)よりも、魚を1日18.5g以上食べる人の方が認知機能の低下を抑えられることが確認されました15)

代謝能力の低下も考慮して

このように、EPAとDHAは、私たちが生涯にわたってお世話になる脂肪酸なのです。

食べたものを体の中で分解し、あるいは変化させ、様々な栄養素を合成・生成していくことを代謝といいますが、この代謝能力も加齢によって低下します。すなわち、摂取したオメガ3脂肪酸を、体のためにはたらかせる力も少しずつ衰えていきます。したがって、高齢期に入ったらオメガ3脂肪酸をより多く、積極的に摂取していただきたいと思います。

Image EPAとDHAの働き(人の一生を通して)

EPAやDHAを上手に摂取するには

EPAやDHAを豊富に含む食材

EPAやDHAを効率的に摂取するためには、それらを豊富に含む食材を知る必要があります。

文部科学省が作成している日本食品標準成分表脂肪酸成分表によると、100g当たりのEPA、DHAの含有量はまぐろの脂身がもっとも多く、さんまやいわしなどの青魚類が続いています。

Image 主な魚介類のEPA、DHA含有量

日本食品標準成分表2020年版(八訂)脂肪酸成分表編より

直接食べないと不足する可能性も

EPAとDHAは、体の中ではほとんど生成できない脂肪酸です。そのため、食べ物で直接摂取しないと、不足する可能性があります。EPAは魚が中心ですが、DHAは魚だけでなく、卵にも豊富に含まれています。DHAが認知機能によい働きをすると考えられていますので、高齢期に入ったら魚とともに、ぜひ卵も1日1個は食べていただきたいと思います。

ほかにもある魚食が推奨される理由

魚にはビタミンDが豊富に含まれています。ビタミンDは骨を元気にし、骨粗鬆症の予防が期待できます16)。また、糖尿病予防17)、呼吸器感染予防18)などに働くことも報告されています。さらに、ビタミンB12も豊富です。ビタミンB12が欠乏すると、中枢神経系機能に支障をきたします19)。EPAやDHAとともに、心身の機能を助ける大事なビタミンも効率よく摂取できるため、積極的な魚食をぜひ心がけてみてください。

栄養バランスを考えた食事を心がけましょう

女子栄養大学では食材を1~4群に分け、それらをバランスよく食べることを提唱しています。魚は肉や大豆製品と同じ第2群に入っています。生活様式の変化もあって、私たちの食生活では肉食の割合がかなり増えているように思われます。肉中心の食事をされている方は、まずこの第2群の魚と肉のバランスを1対1にして、そこに野菜をたっぷり加えるメニューを考えるようにすることをお勧めします。コンビニ弁当であれば野菜の副菜が入った鮭弁当のようなものを選ぶ、ファストフードであればサラダを添えるなど、できることから始めてみましょう。健康的な生活はまず食事からです。

Image 食事バランスとは

出典:

  1. 厚生労働省. 令和元年国民健康・栄養調査報告.(2023年7月10日時点)
  2. 川端輝江. 日本栄養士会雑誌 2022; 65(10): 550-553.
  3. Farvid MS, et al. Circulation 2014; 130(18):1568-1578.
  4. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版)「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書. 2020; 131-136.(2022年9月1日時点)
  5. Middleton P, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2018; 11(11): No.CD003402.
  6. Timonen M, et al. J Affect Disord. 2004; 82(3):447-452.
  7. Hsu MC, et al. J Affect Disord. 2018; 238: 47-61.
  8. Hamazaki K, et al. Am J Clin Nutr. 2020; 112(5):1295-1303.
  9. Teisen MN, et al. Am J Clin Nutr. 2020; 112(1): 74-83.
  10. Murakami K, et al. Pediatrics. 2010; 126(3):e623-630.
  11. Srivastava KC. Prostaglandins Leukot Med. 1985; 17(3):319-327.
  12. Serhan CN. Nature. 2014; 510 (7503): 92-101.
  13. Arita M. J Lipid Nutr. 2017; 26(1):27-34.
  14. Smith GI, et al. Am J Clin Nutr. 2015; 102(1):115-122.
  15. Kalmijn S, et al. Ann Neurol. 1997; 42(5):776-82.
  16. Zhu K, et al. J Clin Endocrinol Metab. 2008; 93(3):743-749.
  17. Pittas AG, et al. Diabetes Care. 2006; 29(3):650-656.
  18. Laaksi I, et al. Am J Clin Nutr. 2007; 86(3):714-717.
  19. Serin HM, et al. Acta Clin Croat. 2019; 58(2):295-302.