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「心の持ちよう」で加齢変化を補い高齢期の脳力を維持しよう

Image 西田裕紀子先生 国立長寿医療研究センター 老化疫学研究部 副部長

 

西田 裕紀子 先生

国立長寿医療研究センター 老化疫学研究部 副部長

日本人の平均寿命がどんどん延びています。1950年は男性58.0歳、女性61.5歳でしたが、2021年には男性81.47歳、女性87.57歳となり1)、今や「人生100年時代」ともいわれるようになりました。

これは人生全体が長くなったというよりも、人生の後半、高齢期が長くなっているといえます。この高齢期をどのように過ごすのかが、これからの重要なテーマになるのではないでしょうか。

そこで、心理学のご専門で加齢について研究されている国立長寿医療研究センターの西田裕紀子先生に、高齢期のよりよい過ごし方についてアドバイスをいただきました。

心の持ちようが認知機能に影響を与える

加齢変化は誰にでも訪れる

人は誰でも加齢によって老いを実感していきます。

たとえば、握力が落ちていきます。ペットボトルのふたを開けるのに18~20kgの握力が必要といわれていますが、女性は60歳を過ぎると苦労することが多いようです2)。歩くスピードもゆっくりになり3)、聴力も低下します4)。そして、少しずつですが、脳が萎縮します5)

こうした加齢による変化は誰にでも起こることですが、個人差はあります。

心理学の研究では、「心の持ちよう」しだいでよりよい高齢期を過ごせることがわかってきています6)。そこで、どのような「心の持ちよう」が必要なのか、ご紹介します。

流動性知能と結晶性知能

加齢への対応を説明する前に、少し知能について勉強してみましょう。

私たちが持っている知的な能力は、流動性知能と結晶性知能に大別できます7)

流動性知能は英語でfluid intelligenceといいます。脳の神経系の機能によって決定される能力で、直観力、法則を発見する能力、図形処理能力、処理のスピードなどです。この能力は遺伝的要因や教育環境などの違いで、スタートラインは多少異なりますが、誰でも一定的に低下するとされています。

一方、結晶性知能はcrystallized intelligenceといいます。とても美しい響きですね。結晶性能力には言語能力、理解力、洞察力、批評能力、あるいはコミュニケーション能力などが挙げられます。学習や経験によって後天的に獲得していく能力であり、その人が置かれている環境、経験の幅によって、生涯成熟していきます7)。すなわち、高齢期にも維持される能力と考えられています。

Image 流動性知能と結晶性知能

Cattell RB. Intelligence: its structure, growth, and action. 1987; 198-211.

結晶性知能が流動性知能の低下を補う

米国の研究では、流動性知能にあたる、物事の推察力や知覚の速度、計算処理などの認知機能は60歳ごろまで維持され、その後低下することが報告されています。一方で、結晶性知能である言語の理解力は80歳を超えても維持されることも確認されています8)

私たちは日常生活の一つひとつの課題に対して、複数の能力を組み合わせて対処しています。たとえば、加齢によって知覚速度が低下したとしても、言語の理解力という結晶性知能によって、多少時間はかかっても十分に対応できます。

すなわち、流動性知能の低下を結晶性知能で補うことで、高齢期もさまざまな課題を解決していけるのです。

認知機能を維持するための秘訣

生きる目標(purpose in life)を持つ

それでは、脳を健康に保ち、いつまでも元気でいるための2つの秘訣をお教えしましょう。

1つ目は、生きる目標を持つことです。

米国の中年世代を登録したMidlife in the United States (MIDUS) surveyというデータベースから、健康状態や心理面の情報を収集できた6,163人を抽出し、14年以上追跡した研究があります。この研究では、「人生に目的や目標がある」と回答していた人たちが、運動や食事などのライフスタイルとは独立して、長生きであることが明らかにされました9)

さらに、The Rush Memory and Aging Projectと呼ばれる米国の認知症研究に基づく検討では、246人の高齢者に認知機能検査などを生前に行い、死亡後に脳を解剖してその状態を確認しました。その結果、人生に目標を持っていた人たちは、脳内でアルツハイマー病の神経病理学的変化が進んでいても、知的な能⼒が維持されていました10)

Image 人生の目標があれば、神経病理が進行しても認知機能を維持

Boyle PA, et al. Arch Gen Psychiatry. 2012; 69(5):499-505.

つまり、認知機能を維持するためには人生に目標を持つことが大切です。どんなにささやかなことでもよいので、目的や目標を持って日々生きていただきたいと思います。

目標の例)

目標:季節ごとに咲く、地元の草花に詳しくなる

いつから:今日から

いつまで:1年後の町民文化祭まで

どんなふうに:

  1. 週に1回、散歩してどのような草花が咲いているか観察する
  2. 草花の写真をとって、スケッチブックに貼る
  3. 月に1日、図書館に行って草花について調べる
  4. (1年後)町民文化祭で発表する

好奇心旺盛に日々を過ごす

2番目は常に好奇心を持つことです。脳の機能を活性化するためには、わくわくできるかどうかがとても重要になります。

心理学では、「好奇心が強くて、新しい経験に挑戦することが好き」という心の持ち方を、「経験への開放性」といいます。私たちの研究所では、この「経験への開放性」と知的能力との関連を調べました。40~81歳の1,591人を対象に、「経験への開放性」の程度は12の質問項目で、知的能力は知能テストでそれぞれ評価し、それを6年間繰り返しました。その結果、特に高齢になると、好奇心が旺盛な人、すなわち「経験への開放性」の高い人は低い人に比べ、知識力を高く維持できることがわかりました6)

自分がわくわくできることは何なのか、好きなことは何なのかを明確にし、それを実行しようとする心の動きを大切にしたいですね。

Image 高齢群の「経験への開放性」と知識力の変化

西田裕紀子 他. 発達心理学研究. 2012; 23(3):276-286.

賢者から学ぶ加齢変化を補う方法

年齢を重ねる過程では心身の機能の低下だけでなく、思いがけない事故や大事な物の喪失に直面することが当然あります。そうしたときは、日々目標を持って好奇心旺盛に過ごすことが難しくなることもあります。それは高齢期だけでなく、若い年齢でも起こりうることです。

では、どうしたらよいのでしょう。ドイツの心理学者のバルテスは、選択的最適化理論(SOC理論)という解決法を提案しています。この理論は、名ピアニストのルービンシュタイン(以下、彼)を例に挙げてしばしば説明されます。

Selection(選択)

若い頃は可能だったことが上手くできなくなったとき、若い頃よりも目標を下げます。加齢によって指が思うように動かなくなった彼は、何でも弾こうとせず、自分が本当に好きで、みんなに伝えていきたいと思う、限られた作品に円熟することを新たな目標にしました。今の自分に合った目標を再設定することで、加齢による問題を解決できるかもしれません。

Optimization(最適化)

再設定した目標に対して、今の自分が持っている時間や身体的能力を効率よく割り振ることです。彼は再設定した目標の達成に向け、それまで以上にゆっくり時間をかけて練習したそうです。年をとると集中力が長続きしなくなってくるので、できるだけ休憩も入れました。今の自分が持っている時間を大切に使ってください。

Compensation(補償)

クラシックの曲には緩急があります。彼は以前のように速く弾けないところは、その前の部分をよりゆっくり弾いて、速く弾くべきところが遅くなっているという印象を与えないように工夫したそうです。代わりの手段、あるいは自分が持っている強みの能力を用いて、自分に不足している部分を補っていったのです。まさに、結晶性知能で流動性知能の衰えを補うという考え方です。

ポジティブマインドで心も体も健康に

私たちはこの世に生まれたときから成長と獲得を繰り返していきます。その過程で得た知識と経験をできるだけ維持したい、それらを喪失したくないと抗う時期もあるかもしれません。しかし、加齢によって少しずつ低下していく機能を受け入れ、それに対応していく工夫もまた、大切です。

生きる目標と好奇心を持って、獲得と喪失のバランスをとりながら、明るく前向きに生きていきましょう。

出典:

  1. 厚生労働省.令和3年簡易生命表の概況 1 主な年齢の平均余命(2023年7月10日時点)
  2. Kozakai R, et al. Res Q Exerc Sport. 2020; 91(4):662-675.
  3. Webb EA, et al. J Transp Health. 2017; 5:77-83.
  4. 内田育恵 他. 日老医誌. 2012; 49(2):222-227.
  5. Taki Y, et al. Neurobiol Aging. 2011; 32(5):907-915.
  6. 西田裕紀子 他. 発達心理学研究. 2012; 23(3):276-286.
  7. Cattell RB. Intelligence: its structure, growth, and action. 1987; 198-211.
  8. Schaie KW. Developmental Influences on Adult Intelligence: The Seattle Longitudinal Study(2nd ed.). 2013.
  9. Hill PL, et al. Psychol Sci. 2014; 25(7):1482-1486.
  10. Boyle PA, et al. Arch Gen Psychiatry. 2012; 69(5):499-505.