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適度な睡眠と栄養バランスで脳を健康に保とう

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朝田 隆 先生

メモリークリニックお茶の水 理事長・院長

最近、物忘れが多いような気がして心配…。

そんな人はもしかしたら、脳の働きが悪くなっているのかもしれません。脳を健康に保つ上手な睡眠の取り方と、脳に必要な栄養素について、認知症研究のエキスパートであるメモリークリニックの朝田隆先生に解説していただきました。

一般的な物忘れと注意が必要な物忘れ

一般的な物忘れ

昨夜、友人とレストランに行ったのは覚えているけれど、何を食べたか思い出せない。ドライブ中に好きな曲がかかったけれど、歌手の名前が出てこない。

年齢を重ねていくと、こうした物忘れが増えていきます。それでも、詳細がいまは思い出せないだけでエピソード自体の記憶はあるのなら、これはだれにでもある物忘れといえます。

脳の機能も身体機能と同じように加齢によって衰えるため、高齢者では物忘れが増えてしまいます1)。だれでも歳はとるのですから、ある程度の物忘れはしかたがありません。できるだけ生活に支障をきたさないように、物忘れとうまく付き合いながら暮らしていく工夫をしてみるのがよいでしょう。

注意が必要な物忘れ

同じ話を何度も繰り返す、約束を忘れる、鍵や財布をよくなくす、前日買ったことを忘れてまた同じものを買ってくる、買い物の支払計算がうまくできなくなる。

こうしたことが続くようなら、それは注意が必要な物忘れかもしれません。大事なものをしまっている場所がわからなくなり、だれかが盗んだと大騒ぎしたりする例もあります。

さらに認知機能が下がると、読書が好きだったのに急に本を読まなくなる、趣味の料理や釣りに興味を示さなくなるなど、物事に無関心になってくることもあります。人との付き合いを避け、怒りっぽくなる人もいます。本人はそうした変化を自覚できていないことが多いので、家族など周囲の人が気づいてあげて、できるだけ早く専門医に相談に行っていただきたいと思います。

健康的な食事の合言葉「まごたちは(わ)やさしい」

世界保健機関(WHO)は、認知機能低下や認知症のリスクを低減するためのガイドラインを公表しています。そこでは、運動習慣、禁煙、減酒、生活習慣病の管理などとともに、栄養バランスのよい食事の必要性が提唱されています2)

それでは、食事の栄養バランスを整えるためには、どのようにしたらよいのでしょう。

合言葉は「まごたちは(わ)やさしい」です。これは、栄養バランスのとれた食事に必要な食材の頭文字を並べた言葉です。

Image まごたちは(わ)やさしい

「ま」――まめ

納豆・豆腐・油揚げなどの豆類は栄養の宝庫といわれ、良質なたんぱく質、脂質、炭水化物、食物繊維、ミネラル、ビタミンなどがバランスよく含まれています。

「ご」――ごま

ごまだけでなく、ピーナッツ、くるみ、栗、ぎんなん、松の実なども含まれます。これらの食材はたんぱく質、脂質、ミネラルが豊富なだけでなく、抗酸化作用3)があるといわれています。

「た」――卵

鶏卵は、たんぱく質のなかでも体内で合成することができない9種類の必須アミノ酸をバランスよく含んでいます。

「ち」――乳

乳、つまり牛乳や乳製品は五大栄養素といわれるたんぱく質、脂質、炭水化物、ミネラル、ビタミンをバランスよく含んでいます。なかでもたんぱく質やカルシウム、ビタミンD、カリウムの栄養源としてすぐれています。

「わ」――わかめ

わかめ、昆布、もずく、ひじきなどの海藻類です。海藻類は低カロリーでありながら、カルシウムなどのミネラルや食物繊維が豊富です。

「や」――野菜

葉物、根菜などの野菜はビタミン、葉酸、食物繊維などの栄養素が豊富です。とくに、色の濃い野菜、緑黄色野菜を中心に多く摂取することが推奨されています。

「さ」――魚

魚類、とくに青魚やサケに豊富に含まれるEPAやDHA(ドコサヘキサエン酸)はオメガ3脂肪酸という種類の脂質であり、オメガ3脂肪酸は心・血管系、脂質代謝系、中枢神経系など多岐にわたる機能が報告されています4)。また、サケに含まれるアスタキサンチンと呼ばれる物質には強力な抗酸化作用5)があるといわれています。

「し」――しいたけ

しいたけ、まいたけ、しめじ、なめこなどのきのこ類は食物繊維、ビタミンD、ミネラルが豊富です。またきのこに含まれるエルゴチオネインというアミノ酸の一種は強力な抗酸化作用があるといわれています6)

「い」――いも

ジャガイモ、サツマイモ、サトイモなどの芋類はエネルギー源となる炭水化物のほか、ビタミンや食物繊維が豊富で、腸内環境を整える効果が期待できます。

食事の際は「まごたちは(わ)やさしい」を合言葉に食材がそろっているかチェックし、足りないものがあれば次の食事に組み込むなど意識してみてはいかがでしょうか。

DHAは脳の栄養素

それでは、認知機能によい働きをする栄養素はあるのでしょうか。それはオメガ3脂肪酸のひとつ、DHAです。

脳はつるつるでとても柔らかい絹ごし豆腐のような臓器で、約50~60%は脂質といわれています4)。その脂質に含まれる多価不飽和脂肪酸の約60%はDHAといわれ、DHAが脳機能を助け4、7)、精神・神経の健康にも役立つ可能性があると考えられています7)

DHAは脳の機能を保つために必要な栄養素といってもよいでしょう。

適度な睡眠

7時間の質のよい睡眠を

栄養バランスに加えて、もうひとつ大事なのが睡眠です。いつも眠りが浅かったり睡眠時間が不規則だったりすると、睡眠の質が悪くなります。睡眠の質が悪いと起きたときに熟睡感がなく、疲労感も残ります。すると昼間に眠気を催しやすくなり、仕事や勉強の能率も下がるという負の連鎖に陥ってしまいます。

また、2022年、『Nature Aging』という科学雑誌に、約7時間の睡眠が認知機能、メンタルヘルス、脳の構造の観点で最適であることが報告されています。この報告では、睡眠時間が7時間未満でもそれを超えてもよくないことが合わせて明らかにされています8)

30分未満の昼寝が認知機能低下リスクを下げる

一方で、昼寝がとても大切なこともわかってきました。ただし、その時間を30分未満にするのがポイントです。

新潟大学のグループが65歳以上の高齢者を対象に昼寝の効果を調べた研究では、30分未満の昼寝の習慣がある集団の認知機能低下リスクは、昼寝の習慣がない集団に比べて半分以下ということがわかっています。一方、昼寝の時間が30分以上の集団の認知機能低下リスクは昼寝の習慣がない人と同等でした9)

DHAと適度な睡眠で脳を健康にしましょう

毎日の睡眠時間は7時間前後にして、30分未満の昼寝も心がけましょう。

そして、栄養バランスのよい食生活を意識し、とくに脳の栄養素DHAを積極的に摂取するとよいでしょう。食品からの摂取が難しい場合はサプリメントで補う方法もあります。

出典:

  1. 神崎恒一.日本内科学会雑誌.2018; 107(12): 2461-2468.
  2. 日本総合研究所.世界保健機関(WHO)ガイドライン『認知機能低下および認知症のリスク低減』(2022年8月24日時点)
  3. 津谷幸里 他.愛知県立大学看護学部紀要.2019; 25: 13-20.
  4. 橋本道男.日薬理誌.2018; 151: 27-33.
  5. Guerin M, et al. Trends Biotechnol. 2003; 21(5): 210-216.
  6. Paul B D, et al. Cell Death Differ. 2010; 17(7): 1134-1140.
  7. Song C, et al. Prog Lipid Res. 2016; 62: 41-54.
  8. Li Y, et al. Nat Aging. 2022; 2(5): 425–437.
  9. Kitamura K, et al. BMC Geriatr. 2021; 21(1): 474.