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眼をよい状態に保ち、いつまでも元気に過ごそう

Image 相原一先生

相原 一 先生
東京大学医学部 眼科学教室 教授
東京大学医学部附属病院 眼科 科長

視覚機能は勉強や仕事によって低下することがあります。さらに、加齢による視覚機能の低下は多くの人が経験することです。

私たちは一生を通じて眼の健康を心がける必要がありますが、どのようなことに気をつけたらよいのでしょう。緑内障をはじめとする眼の疾患の研究で広く知られる東京大学の相原一先生に、視覚機能の障害にいち早く気づく方法や眼の保護のポイント、眼にとって大切な脂肪酸とされているDHAについて解説していただきました。

大切にしたい「Quality of Vision(視覚機能の質)」

世界一の長寿国であるわが国では、単に寿命を延ばすだけでなく、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる「健康寿命」をいかに延ばせるかが課題となっています。それはつまり「Quality of Life(生活の質)」をよりよい状態で長く保つということです。

さらに、「Quality of Life」に密接に関連するキーワードとして、「Quality of Vision(視覚機能の質)」の大切さがクローズアップされてきています。

私たちは情報の多くを眼から得ています。また、健康寿命に影響を与える病気として、腰痛症、関節症に次いで、眼の病気があげられるという報告もあります1)。つまり、眼の健康維持が健康寿命を延ばすことにも影響すると考えられます。

Image 疾患別にみた健康寿命への影響度

厚生労働省.「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」の報告書.2019.より作成

加齢による視覚機能の低下

アイフレイルの早期発見が大切

視覚機能は加齢によっても低下します。近年は、加齢によって心身が疲れやすく衰えた状態を「フレイル」と呼び、医療の分野ではその対策の必要性が盛んに論じられています。その流れを受け、眼の領域では「アイフレイル」という考え方が提唱され、眼の衰えに少しでも早く気づき、その保護を積極的に心がけ、日常生活が制限される人を減らそうという活動が始まっています。

Image アイフレイルの定義

アイフレイル啓発公式サイト

厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2019年)では、高齢者が要介護になる原因疾患として認知症が最上位にあげられ、それに脳卒中などの脳血管疾患、骨折・転倒が続いています2)

重要なことは、そうした原因疾患に視覚機能の低下も関連しているということです。たとえば、周りがよく見えないと活動性が低下し、フレイルが進行します。あるいは転倒しやすくなり、骨折も増えます。さらに、白内障を治療すると認知症発症リスクが低下する3)こと、糖尿病網膜症が脳血管障害の発症リスクを増加させる4)ことなども報告されています。また、視覚機能が低下すると就労や外出、社会参加の減少、移動機能の低下など日常生活の制限にもつながり、結果的に健康寿命に影響が出ると考えられます。

視覚機能の衰えにいち早く気づき、対処することはとても大切です。

アイフレイルの自己チェックをしてみましょう

ここで、アイフレイルの自己チェックをしてみましょう。

Image アイフレイル自己チェック

アイフレイル啓発公式サイト

10項目のうち2つ以上が当てはまれば、アイフレイルが疑われます。

その場合は、眼科の専門医を一度受診し、アイフレイルが疑われる原因を調べることをお勧めします。何か原因となる病気があるのか、加齢によるものなのか、検査をしなければわからないこともあるので、まずは専門医に相談してください。

高齢人口の増加で眼の病気が増えている

眼の構造

眼球は直径約24mmの球状で、おおまかに分けると、日本人では角膜(くろめ)、強膜(しろめ)、水晶体、虹彩、硝子体、網膜で構成されています。

ものを見る場合は、虹彩で眼の中に入ってくる光の量を調節し、角膜と水晶体でピントを合わせ、網膜に鮮明な像を映し出し、視神経を通して脳に情報を伝達します。

Image 眼球の構造

もっとも注意すべきは緑内障

緑内障は視覚障害の原因疾患の第1位で、全体の3割近くを占めています5)

緑内障は、眼圧の上昇などで視神経の一番繊細な部分に負荷がかかり、その構造が障害されることで起きる病気です。構造の障害は加齢によって徐々に進行するので、高齢人口の増加が緑内障の増加の背景にあると考えられています。今やだれもが注意すべき眼の病気といえます。

緑内障は自覚症状が乏しく未受診者も多い

緑内障の主な症状は視野が欠けてくることですが、そうなるまでは自覚症状が乏しく、初期から中期ではほとんど気づきません。そのため、緑内障患者の約90%は受診していないという報告もあります6)

また、発症が片方の眼だけの場合は、もう一方の正常な眼で視覚が補われるために症状に気づきにくいことも、受診や治療を遅らせる原因になっています。

Image 片眼の視野が欠けている場合の見えかた

40歳以上になったらがんや生活習慣病の検診と同じように眼の検査も行い、早期発見・早期治療を心がけることがとても重要です。

ほかにも気をつけてほしい眼の病気

視野が欠けてくるなどの視覚障害の原因疾患は、緑内障以外にもあります。
たとえば糖尿病網膜症は糖尿病の合併症のひとつで、糖尿病患者さんの約5人に1人がかかる7)といわれています。初期から中期では自覚症状はほとんどなく、進行すると眼がかすんだり、黒い影が見えたり、視力が急激に低下したりします。定期的な眼検診で眼の状態を確認しながら、糖尿病の治療をしっかり行い、進行抑制や改善を図ります。

加齢黄斑変性は、加齢の影響で視野の真ん中がゆがむ、暗い、見たいものの中心が見えにくくなるなどの症状が現れます。緑内障と同様に、発症が片方の眼だけの場合はもう片方の眼で視覚が補われるため、気づきにくい病気です。早期発見を心がけることが何より大切です。

近視もあなどってはいけない

近視が世界的にも全年齢層で増えており、2050年には世界人口の約1割が強度近視になると予測されています8)。強度近視は病的な近視で、放置すると網膜や眼球の変形につながります。眼球が変形すると、加齢黄斑変性と同じように、視野の真ん中がゆがんだり、暗点が現れたりします。さらに、近視の進行が、緑内障や網膜剥離などの視覚障害につながるような重篤な眼疾患の発症リスクを高めることも報告されています。

Image 近視の進行は重篤な眼疾患のリスクを高める

Flitcroft DI. Prog Retin Eye Res. 2012; 31(6):622-660.より作成

強度近視は眼鏡などで視力を矯正することが難しいため、そうなる前の早期発見、早期治療が重要です。

眼の健康を維持するための日常生活の工夫

朝起きてから夜寝るまで、眼は様々な情報収集のために働き続けています。
しかし、それによって眼が疲れ、眼の病気になる可能性はほとんどありません。眼は働き続けることには慣れているからです。

ただ、気をつけなければならないのは、同じ体勢(姿勢)、同じ距離でものを長時間見続けることです。眼球をあまり動かさないことが、近視や眼精疲労のリスクになります。

最近PCやタブレットで仕事をしたり、スマホでゲームをしたりする人が非常に増えていますが、2時間以上続けて画面を見つめ続けないようにすることが大切です。

2時間経過する前に窓の外を見る、できれば戸外に出て遠くの風景などを見ると、眼が休まります。仕事の合間に体を動かしたり、少し散歩をしたりすることで、肩こりや腰痛の予防になるのと同じです。

Image 眼の健康を維持するための日常生活の工夫

DHAは眼にとって大切な脂肪酸

眼の網膜には、光を感じるための多くの役割があると考えられています。そしてその網膜に含まれる脂肪酸の約40%はDHA(ドコサヘキサエン酸)といわれています。

DHAはオメガ3脂肪酸と呼ばれる物質ですが、加齢黄斑変性のマウスを用いた実験では、オメガ3脂肪酸が血管増殖を抑制する作用があることが報告されています9)

また、オメガ3脂肪酸に炎症を抑える作用があることは以前から報告されています10)が、そうした作用や脂質による眼の油層の形成作用などにより、高齢女性に多いドライアイを改善すると考えられています11)。ドライアイの改善は角膜の保護や眼のレンズの透明性維持にもつながるので、とても重要です。

このように、DHAは様々なかたちで私たちの眼に影響を与えていると考えられます。DHAは、体内で作られないため外から取り入れる必要がある「必須脂肪酸」です。眼の健康を維持するためにDHAを含む食品やサプリメントを摂取することをお勧めします。

※脂肪酸:脂質の主な構成要素。体内では必要に応じてエネルギー源となったり細胞膜の構成成分になったりする。

定期的な眼検診が何よりも大切

眼の不調・不具合は視力だけではない

学校に通っている間は視力検査が行われますし、視力が落ちて眼鏡を作るときにも眼鏡店で視力検査を行います。しかし、大人になると多くの人が眼検診をあまり受けません。

また、眼の不調や不具合は視力だけではありません。眼の専門医による眼検診では、視野検査や眼底検査など、眼の状態をより詳しく調べます。それによって、思いがけない眼の障害が見つかるかもしれません。

40歳を過ぎたら年に一度は眼検診を

緑内障は、長い時間をかけて視野が徐々に欠けていきますが、眼の検査をしなければなかなか見つかりません。眼に異常を感じていなくても、成人したら、特に40歳を過ぎたら年に一度は眼検診を受けていただきたいと思います。

眼検診で眼の状態を定期的に確認する、眼の健康を助けるDHAなどを含む食品やサプリメントを摂取するなどして眼の健康維持を心がけ、いつまでも元気に過ごしましょう。

出典:

  1. 厚生労働省.「健康寿命のあり方に関する有識者研究会」の報告書.2019.(2023年7月7日時点)
  2. 厚生労働省.2019年 国民生活基礎調査.(2023年7月7日時点)
  3. Lee CS, et al. JAMA Intern Med. 2022; 182(2):134-141.
  4. 川崎良,他.厚生労働科学研究費補助金 循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業「日本人2型糖尿病患者における生活習慣介入の長期予後効果 並びに死亡率とその危険因子に関する前向き研究 平成25年度 分担研究報告書」(厚生労働科学研究成果データベース)(2023年7月7日時点)
  5. Morizane Y, et al. Jpn J Ophthalmol. 2019; 63(1):26-33.
  6. 日本緑内障学会.「日本緑内障学会多治見緑内障疫学調査(通称:多治見スタディ)」報告(2023年7月7日時点)
  7. 日本糖尿病眼学会診療ガイドライン委員会.糖尿病網膜症診療ガイドライン(第1版).金原出版.2020.
  8. Holden BA, et al. Ophthalmology. 2016; 123(5):1036-1042.
  9. Yanai R, et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014; 111(26):9603-9608.
  10. 有田誠,磯部洋輔.生化学.2008; 80(11): 1042-1046.
  11. ドライアイ研究会診療ガイドライン作成委員会.ドライアイ診療ガイドライン.2019.