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第2回 妊活・妊娠・出産には男女ともにオメガ3脂肪酸の摂取が鍵

Image 永松健先生
永松 健 先生
国際医療福祉大学
医学部 産科・婦人科学 教授
成田病院 産科・婦人科 部長

前回は、日本人の平均寿命が延伸し、第1子出生時年齢が上がっていること、その一方で、女性の閉経年齢は変わっていないため、出産できる期間そのものは5年ほど短縮されていることをお話ししました。今回は、その短い期間にできるだけ安全に健康な子どもを出産するためには、どのような心がけが必要なのか、生殖・周産期医療のエキスパートである国際医療福祉大学成田病院 産科・婦人科 部長の永松健先生に、より詳しくお話しいただきます。

妊娠や出産に備えるために心がけたいこと

妊娠・出産に向けて肥満の改善を

妊娠や出産に備えるために必要なことのひとつとして、肥満をできるだけ改善することが大切です。肥満女性は、妊娠すると妊娠糖尿病を発症しやすいことが報告されています1)。妊娠中は胎児に糖分を届ける必要があるので胎盤から出るホルモンにより血糖値が上がりやすくなります。肥満の人は血糖値が上がりやすいため、肥満状態で妊娠する場合はより注意が必要になってしまいます。

Image 妊娠別のBMI別 妊娠糖尿病発症率

勘澤晴美 他.日周産期・新生児会誌.2021; 57(3):422-427.より作成

また、肥満女性は妊娠すると高血圧症になりやすいとされています2)。これを妊娠高血圧症候群といいます。妊娠高血圧症候群を発症して血圧が上昇すると、胎児の発育にも悪影響を及ぼし、母親自身もいろいろな臓器障害のリスクが高まります。重症化すると母子ともに危険な状態となることもあります。

日本人は欧米人に比べて糖尿病を発症しやすい

糖尿病は肥満が背景にあるとよくいわれますが、日本人は軽度の肥満程度の人でも、糖尿病を発症する傾向があります3)。その理由のひとつとして、日本人と欧米人の体質の違いが考えられます。

日本人は他文化、他民族の影響を受けにくい島国の中で、古くから日本で得られる作物によって生活をしてきました。そのため、そうした食文化に適した体・遺伝子になっていると考えられます。しかし現在は、食糧自給率が低くなり、外来の食物がかなりの割合を占める食生活になっているのではないでしょうか。

一方で、遺伝子の変化には長い年月がかかります。そのため、食習慣の変化に遺伝子が追いついていけず、そのギャップが何らかの障害や疾患につながる可能性があります。欧米人に比べて日本人が糖尿病になりやすい理由もここにあると思われます。つまり、現在も日本食に合った遺伝子を維持しているため、欧米型の高カロリーの食生活には遺伝的な体質が対応しきれていないのだと考えられます。

食生活や生活習慣の変化は、私たちの体質だけでなく、生殖機能にも影響を及ぼす可能性があります。

 

胎内での栄養状態が出生後の体質に影響することも

「DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)」という言葉をご存じでしょうか。これは「胎芽期・胎生期から出生後の発達期における母体を取り巻く種々の環境因子やそれにより影響される子宮内の環境が、出生した胎児の成長後の健康や種々の疾病発症リスクに影響を及ぼす」という概念です4)。つまり、母親の生活環境や食習慣などによって、生まれる子どもの体質や将来の病気の傾向などが決まってしまうかもしれないということです。

昔、ナチスドイツがヨーロッパ各地を占領していたとき、ひどい食糧難になって飢餓状態になったオランダの村がありました。当時、その村で妊娠中の女性も飢餓状態に置かれてしまい、胎児は極端な低栄養状態となり胎児の遺伝子の働き方に変化が生じてしまいました。その結果として、飢餓を経験した妊婦から生まれた子どもたちは戦争が終わって十分な栄養を摂取できるようになった環境の中で相対的にカロリー過多になり、成人病(生活習慣病)が増えたとのことです。これは、「オランダの冬の飢餓事件(Dutch winter famine)」といわれ、医学界では広く知られています。

その逆もあります。母親が妊娠中に栄養過多の状態にあると、胎児も栄養過多に慣れた状態で生まれてきます。すると、生まれたあとに平均的な食事になると相対的な栄養不足の状態となります。そうした状態が続くと相対的に低栄養な状態に順応するように遺伝子の働き方が変化して、その後、血糖値を含めた栄養代謝の調整に問題が発生して、やはり生活習慣病につながります。

安全かつ健康な妊娠と出産を望むのであれば、食習慣を見直し、問題があればその改善に努めることも必要です。

体に負荷をかけすぎないことも大切

無理なダイエットは避けるべき

妊娠や出産を望む女性は、無理なダイエットも避けるべきです。ファッションモデルのように極端に痩せることを目指すと、拒食症とまではいかないとしても、食生活の乱れにつながります。

生物として本来あるべき女性の体とかけ離れた不自然なボディーイメージを目指して無理をすると、健康維持はもちろんのこと、将来の妊娠や出産も難しくなる可能性があります。

Image 食事とダイエット

月経が止まるのはSOSサイン

無理なダイエットによる栄養不足と類似した現象として、女性アスリートの中には極限まで体脂肪率を落としたことにより月経が止まってしまうという事態が生じることがあります。そうしたとき、月経を回復させるために、ホルモン剤などで月経を促すことはベストな対応ではなく、まずは体の栄養状態を回復させることで、結果として月経回復に至るということを目指すことが大切とされています。

月経によって失われる血液は個人差がありますが、1回の月経期間で20~140mLといわれ5)、それによってエネルギーもたくさん消費されます。栄養不足に伴い月経が止まるのは体を守るためです。月経を起こすエネルギーが残っていないというSOSサインを体が出しているわけですから、そこで無理やり月経を起こせば、体がますます危険な状態になってしまいます。まずは食事などの生活をととのえ、月経がちゃんと起こせる体に戻してあげましょう。

妊娠や出産では多価不飽和脂肪酸の摂取も大切

妊娠と出産を望む場合には、多価不飽和脂肪酸のオメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸と呼ばれる栄養素をバランスよく摂取することが勧められることも前回お話ししました。その理由をもう少し掘り下げてみたいと思います。

出産とオメガ6脂肪酸

そもそも分娩は生理的な現象です。具体的には、炎症に関与するプロスタグランジンという物質が分泌されると子宮口が軟らかく変化して次第に開き、その後陣痛が始まって分娩が開始されます。このプロスタグランジンは、オメガ6脂肪酸によって誘導されます。ところが、オメガ6脂肪酸が過剰に働くと、本来よりも早い時期からプロスタグランジンの働きが強まり早産につながる可能性も指摘されています。

オメガ3脂肪酸の適切な摂取で早産を予防できる

そこで、オメガ6脂肪酸による炎症の抑制作用があるオメガ3脂肪酸を上手に使えば、早産を予防できるのではないかという仮説が立てられ、1989年から1990年にかけて北ヨーロッパで検討が行われました。その検討では妊婦533例を、オメガ3を多く含む魚油を摂取するグループ、オリーブ油を摂取するグループ、脂肪酸の補充を特にしないグループの3つに分け、経過が追跡されました。その結果、魚油を摂取したグループでは妊娠期間が延長し、出生時の体重や身長もほかのグループに比べて増加していました6)

Image 追加摂取した油の種類別 妊娠期間、出生時体重、出生時身長

Olsen SF, et al. Lancet. 1992; 339(8800):1003-1007.より作成

さらに同じ研究者による2000年の研究では、早産の経験がある妊婦に魚油カプセルを摂取させ、オリーブ油を摂取させた妊婦と経過を比較したところ、魚油を摂取したグループでは早産の再発率が明らかに低下しました7)

EPAやDHAの早産予防効果を検討したさまざまな報告をまとめ、総合的に分析した2016年の欧州の研究でも、オメガ3脂肪酸が早産を予防することが示唆されています8)。 オメガ3脂肪酸は妊婦にとって、早産を回避して十分に成長した赤ちゃんを出産するために重要な栄養素といえるでしょう。

オメガ3脂肪酸は母乳にも移行する

ヒトは哺乳類なので、基本的には母乳で子どもを育てます。母乳の成分は母親が食べたもので決まるため、それが子どもに直接影響を及ぼします。胎内にいるときだけでなく、生まれてからも、母親がEPAやDHAを豊富に含む食材を積極的に摂取することはとても重要だと思います。なお、母乳の代わりになるものとして、各社が赤ちゃんの健康・成長を考えて生産している粉ミルクには、DHAが配合されているようです。

オメガ3脂肪酸は男性の精子にも重要な栄養素

前回ご紹介したように、オメガ3脂肪酸は女性の早産を予防するだけでなく、男性の精子にも大切な栄養素であることがわかってきています。たとえば、DHAは精子の構成要素のひとつであり、特にヒトの男性では精子の頭部にDHAが多いことがわかっています9)。さらに、精子の運動率が低い状態を精子無力症といい、女性を妊娠させる能力が非常に弱いのですが、この精子無力症にDHAを一定期間投与すると、精子の運動能力が高まり、精子の質も改善することが報告されています10)

私たちの研究グループも現在、精子とオメガ3脂肪酸の関連を検討しているところですが、オメガ3脂肪酸が精子の数を増やす可能性があることがわかりつつあります。

子どもが欲しいと思うのであれば、男性もオメガ3脂肪酸を積極的に摂取したほうがよいと考えられます。

男女の協力によるプレコンセプションケアが大切

妊娠と出産のためには、偏りのない食事と生活習慣による健康な体づくりが何よりも大切です。最近は、葉酸や鉄分などのサプリメントを一生懸命摂取している女性も多いと思います。妊娠にあたって、葉酸や鉄分は確かに重要な栄養素です。しかし、必要な栄養素は、まずは食物から積極的に摂取していただきたいと思います。その上で、不足しがちな栄養素をサプリメントで補うという考え方が必要です。

生殖機能を良好に維持するためには、男女ともにオメガ3脂肪酸の十分な摂取が必要であることを2回のシリーズでご紹介しました。プレコンセプションケア(妊娠前の健康管理)を女性任せにするのではなく、妊娠の成功に向けて男性側も協力できることは何かという視点を持って、男女が一緒に健康的かつ安全な妊娠を目指す心がけが大切だと思います。

「第1回 妊活・妊娠・出産を考える際には、まずは生活を整えよう」はコチラ

出典:

  1. 勘澤晴美 他.日周産期・新生児会誌.2021; 57(3):422-427.
  2. 公益社団法人日本産科婦人科学会.妊娠高血圧症候群.(2023年6月13日時点)
  3. 医療情報科学研究所 編.病気がみえる vol.3 糖尿病・代謝・内分泌 第5版.メディックメディア.2019; p.27.
  4. 日本DOHaD学会.(2023年7月28日時点)
  5. 厚生労働省.働く女性の心とからだの応援サイト:月経について.(2023年7月28日時点)
  6. Olsen SF, et al. Lancet. 1992; 339(8800):1003-1007.
  7. Olsen SF, et al. BJOG. 2000; 107(3):382-395.
  8. Kar S, et al. Eur J Obstet Gynecol Reprod Biol. 2016; 198:40-46.
  9. Esmaeili V, et al. Andrology. 2015; 3 (3):450-461.
  10. González-Ravina C, et al. Reprod Biol. 2018; 18(3):282-288.