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第1回 妊活・妊娠・出産を考える際には、まずは生活を整えよう

Image 永松健先生
永松 健 先生
国際医療福祉大学
医学部 産科・婦人科学 教授
成田病院 産科・婦人科 部長

2023年、日本の政府は「異次元の少子化対策」を掲げ、出産や子育ての支援を拡充する方針を示しました。それほど少子化が進む一方で、「妊活(妊娠活動の略)」や「プレコンセプション(妊娠前からのケア)」という言葉を頻繁に耳にするようになってきたように、子どものいる家庭を築きたいと願う夫婦はいまも日本中に大勢います。

そこで、健康かつ安全な妊娠と出産のために忘れてはならないことを、生殖・周産期医療のエキスパートである国際医療福祉大学成田病院 産科・婦人科 部長の永松健先生にお話しいただきました。2回にわたってご紹介します。

寿命は延びても出産に適した年齢は変わらない

出産年齢は高くなっている

厚生労働省(以下、厚労省)が公表している「出生に関する統計」によれば、女性の出産年齢は年々上昇しています1)

女性の出産年齢が上昇している背景には、女性の社会進出の加速や若い世代の生活をもっと楽しみたいという思い、それらによるライフスタイルの変化が考えられます。また、「医学が進歩しているのだから、40歳を過ぎても問題なく出産できる」と考えている人も多いかもしれません。でもそれには、少し誤解があります。

Image 女性、オフィス街

40歳以降の出産は例外と考えるべき

日本人の寿命は延びていますが、女性の卵巣の寿命が延びているわけではなく、閉経年齢は昔もいまも50歳前後です。また、閉経する50歳前後まで妊娠できるわけではなく、実際に妊娠できるのは40歳ぐらいまでです。有名人といわれる方たちの40歳を過ぎてからの妊娠・出産が時々ニュースになりますが、それは例外的なのでニュースになっていると考えていただきたいと思います。

もちろん、不妊治療もできますし、さまざまなテクノロジーを駆使すれば40歳を過ぎても妊娠・出産は可能です。しかし、それは相当厳しい挑戦です。人間は元気に見えても、35歳を過ぎるとありとあらゆる肉体的な機能が低下し始め、それには女性の卵巣機能も含まれます。そのため、いまでも妊娠・出産の身体的な適齢期は20代であり、35歳を過ぎると妊娠できる確率は着実に低くなっていきます。

出産できる期間は5年短縮されている

約50年前の平均的な第1子出生時年齢は25~26歳でした。しかし、現在は31歳前後1)と5年ほど後ろにシフトしており、首都圏ではさらに高くなっています。たとえば、20歳から40歳までを安全な出産が可能な年齢と考えると、第1子出生時年齢の5年のシフトは、約90年の寿命のうちの5年ではなく、この20年のうちの5年です。これは非常に大きな違いであることがわかると思います。

第1子の出生時年齢が5年後ろ倒ししたことで、子どもを3人欲しいと思っていた人は2人、2人欲しいと思っていた人は1人しか産めなくなっていることも、少子化が進む一因と私は考えています。

男性も生殖機能を維持する努力が必要

加齢によって男性の生殖能力も少しずつ減退する

男性の加齢による生殖機能の衰えは、女性に比べると比較的ゆっくりですが、精子の数やその運動能力などはやはり緩やかに減退していきます。ただ、男性の場合は50歳を過ぎても精巣の機能が急に停止することはないので、歳をとっても元気な精子が多少あれば、妊娠がまったくできないということにはなりにくいといえます。しかし、加齢に伴い精子のクオリティーや機能は次第に低下してゆくため、男性は年齢を問わず子どもを持てるという考え方は必ずしも正しいとはいえません。

また、不妊治療はいまだに女性側の問題だと思っている男性が非常に多いのですが、米国の保健社会福祉省は、不妊の理由の3分の1以上は男性の生殖機能の問題、あるいは女性の生殖機能の問題との組み合わせによるものと提言しています2)。実際に、米国の不妊治療クリニックで収集した4,800以上の男性の精子の解析では、40歳を過ぎると精子の濃度や正常な形態の精子の割合が減少することが確認されています3)。さらに、同じ研究では、男性側も34歳を境に、パートナーとの子どもを持つことができる可能性が低下することも報告されています。

肥満やストレスも男性の生殖機能を低下させる

国内の調査でも、男性不妊症では精子のDNAの損傷が見られ、その背景には不適切な生活習慣や肥満が考えられています4)。さらに国内の研究では、気温37度、湿度85%の高温多湿環境で繰り返し過ごすことで、男性の生殖機能障害が引き起こされる可能性があることも明らかになっています5)。また、年齢に加えて、肥満、携帯電話の電磁波、職業性ストレスなども精子のDNA損傷に関与する可能性が報告されています6)

妊娠・出産を見据えた日ごろの心がけ

妊活では栄養バランスのよい食事が大切

日ごろから健康と体力をしっかり維持し、妊娠・出産に向けて準備しておく心がけが大切です。その際、健康的な生活習慣はもちろんですが、栄養バランスのよい食事を摂取することも重要です。

厚労省の「食生活Book」も参考に

私の日常診療では、「どういうものを食べたらよいのか」「食べてはいけないものは何か」と、妊娠中の女性からよく質問されます。そうしたとき、妊娠中の女性のほとんどが、自分の体とともに胎児のことを大切に考えていることを実感します。

どのような食べものがよいのかについて、かつては食塩やカロリーの目安が示されている程度でした。そうした中、厚労省が2020年に、10項目の指針で構成される「妊娠前からはじめよう 健やかなからだづくりと食生活Book」を作成・公表しました7)。これをひとつの目安にするとよいと思います。

Image 妊娠前からはじめよう 健やかなからだづくりと食生活Book
厚生労働省.妊娠前からはじめよう 健やかなからだづくりと食生活Book.

不飽和脂肪酸の必要性にも目が向けられている

妊娠や出産、そして子育てに有用な栄養という観点から、不飽和脂肪酸にも目が向けられています。栄養の研究は長年にわたり、たんぱく質とビタミンを中心に進められてきましたが、ここ30年の間に脂質への関心が高まっています。なお、脂質はよく脂肪と混同されますが、脂肪は食物に含まれる栄養素のひとつであり、脂質は体を構成する成分のひとつです。

たんぱく質や炭水化物は1gあたり4kcalのエネルギーを生み出しますが、脂質は1gあたり9kcal8)で、3大栄養素の中でもっとも高いエネルギー源です。脂質は主に脂肪酸と呼ばれるものでできており、脂肪酸はさらに飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に大別されます。飽和脂肪酸は動物性食品に多く含まれ、過剰に摂取すると、増えすぎに注意したいLDLコレステロールや中性脂肪を増やすこととなり、心血管疾患などのリスクを高めます。そして、健康的な妊娠や出産のために摂取する種類が大切となる栄養素が、不飽和脂肪酸です。

不飽和脂肪酸の種類がなぜ重要なのか

不飽和脂肪酸の種類

不飽和脂肪酸には、一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸があります。

一価不飽和脂肪酸は、オリーブ油や紅花油などに含まれるオレイン酸が知られています。

多価不飽和脂肪酸は、オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸に代表されます。オメガ3脂肪酸には、青魚類に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、エゴマ油や亜麻仁油などの植物油に含まれているαリノレン酸などがあります。また、オメガ6脂肪酸には、肉類に多く含まれるアラキドン酸や穀類・肉類に幅広く含まれるリノール酸があります。

Image 脂肪酸の分類

オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸の役割

オメガ3脂肪酸に分類されるDHAやEPAは、脳の重要な構成成分です9)。それらが含まれる青魚を食べると頭がよくなるなどといわれるのはそのためです。また、心筋梗塞をはじめとする心血管疾患のリスクを減らすことが古くから報告されています10)

オメガ6脂肪酸のアラキドン酸は炎症に関連することがわかっています11)。しかし、アラキドン酸が増えすぎると炎症作用が強くなりすぎてよくありません。幸いにも、DHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸にはアラキドン酸の炎症作用を調整する働きもあります10)。そこで、DHAやEPAとアラキドン酸の体内でのバランスを良好に保つためにも、魚や肉類をはじめ、さまざまな食材を偏りのないようにとることが大切です。

Image 食品とオメガ6・オメガ3バランス

DHAやEPAなどの不飽和脂肪酸は 生きるために必要不可欠なエネルギー源

不飽和脂肪酸は、体のさまざまな組織をつくる材料となるほか、生きるために必要不可欠なエネルギー源となります。ただし、体内でつくられることはないので、食べものとして摂取する必要があります。そのため、必須脂肪酸とも呼ばれます。妊娠や出産の準備、また出産後の健康と体力を維持するためにも、DHAやEPAなどの不飽和脂肪酸が豊富な食べものやサプリメントなどで、積極的な摂取を心がけていただきたいと思います。

「第2回 妊活・妊娠・出産には男女ともにオメガ3脂肪酸の摂取が鍵」はコチラ

出典:

  1. 厚生労働省.令和3年度「出生に関する統計」の概況.(2023年7月28日時点)
  2. 米国保健社会福祉省(US Department of Health and Human Services).男性の生殖医療について.(2023年7月28日時点)
  3. Stone BA, et al. Fertil Steril. 2013; 100(4):952-958.
  4. 小宮顕 他.産と婦.2020; 87(8):949-953.
  5. 田村哲彦 他.日未病システム会誌.2002; 8(2): 245-247.
  6. Radwan M, et al. Int J Impot Res. 2016; 28:148-154.
  7. 厚生労働省.妊娠前からはじめよう 健やかなからだづくりと食生活Book.(2023年7月28日時点)
  8. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準(2020年版)「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書.(2023年7月28日時点)
  9. 橋本道男.日薬理誌.2018; 151(1): 27-33.
  10. 龍野一郎.脂質栄養.2019; 28(1):25-39.
  11. 有田誠 他.生化学.2008; 80(11), 1042-1046.