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【Vol.3】「リン脂質結合型DHA」の健康機能

【Vol.3】「リン脂質結合型DHA」の健康機能

DHAを細胞膜に取り込むための酵素を発見

Image DHAを細胞膜に取り込むための酵素を発見

細胞膜をつくるリン脂質やリゾリン脂質は、どのような脂肪酸と結合しているかと、どの様な親水基(コリンとかエタノールアミン、セリンなど)を持つかによって2000を越える種類があるのではないかと推定されています。リン脂質の性質によって細胞膜の質も変わってきます。オメガ3系脂肪酸など不飽和脂肪酸が多い細胞膜は柔らかくなり、逆に飽和脂肪酸が多いと硬く、流動性が低くなります。

では、オメガ3系脂肪酸の一種、DHAはどのように細胞膜に取り込まれるのか―――私たちはそれを明らかにするための研究に2000年頃から取り組んできました。そして、DHAを細胞膜に取り込むのに必要な大変重要な酵素を見つけることができました。

DHAが脳、精巣、網膜にたくさん集まっていることは昔から知られていました。ですから、DHAを摂ることは脳の働きや神経の発達にも大切だとされてきたのですが、食事から摂ったDHAが実際に脳などの細胞膜に取り込まれているという科学的証拠はありませんでした。

私たちは、DHAを細胞膜に取り込むのには「LPAAT3(AGPAT3やLPLAT3とも呼びます)」という酵素が欠かせないことをつきとめました。次にその酵素をもたないマウスを作成し、網膜や精巣にどのような変化があるかを確認しました。酵素をもたないマウスの体の機能に何らかの異常が生じれば、それは細胞膜のDHA欠乏によるものだというわけです。そのようにして、私たちはDHAが網膜や精巣にどのような機能を果たしているかを追究していったのです。

リン結合型DHAが視機能の維持に必須(マウス実験)1)

網膜は、眼から入ってきた視覚情報を脳に伝える、非常に重要な組織です。

網膜は、光を感じ取る感覚網膜とそれを支える網膜色素上皮からなります。感覚網膜は神経節細胞や視細胞など5種類の神経細胞が層状になっており、非常に多くの細胞が集まっています。ここにはリン脂質と結合したDHAが豊富にあるので、DHAは視力を維持するために重要と考えられていました。しかし実際にどのように機能しているのかはわかっていませんでした。

■ 網膜の構造

Image 網膜の構造

出典:大阪大学蛋白質研究所・古川貴久博士. 細胞工学vol.30, vol.5, p536-537, 2011, 図1を改変

私たちはDHAを細胞膜に取り込む機能をもつ酵素「LPAAT3」を人工的に排除したマウス(LPAAT3ノックアウトマウス)を育てました。マウスは視細胞が正常に育たず、視力を失ってしまいました。マウスの網膜の外節を調べると、正常なマウスではあるべきリン脂質と結合したDHAがほとんどありません。また、視細胞外節内には本来、円盤のような形をしているもの(ディスク)がありますが、このマウスではこの部分が正常に育っていないため、網膜が全体的に薄くなっていました。このことから、リン脂質結合型DHAは、網膜の形状を正しく保ち、視力を維持するのに必須な成分のひとつであることがわかりました。

DHAの欠乏が男性不妊のリスクとなる(マウス実験)2)

妊娠を希望しているのになかなか赤ちゃんに恵まれない「不妊症」のカップルは、日本では10組に1組とも、5組に1組とも言われています。国際的な報告では、調査された時代や国により1.3%~26.4%と幅広く、全体平均では約9%と推定されています。3)男性の生殖能力の低下については、ほとんど原因が明らかではありません。ヒトを対象にした海外の研究では、食事での飽和脂肪酸やトランス脂肪酸の摂取量が多いと生殖能力が低下し、不妊のリスクになることが報告されています。2)飽和脂肪酸やトランス脂肪酸などの固い脂は細胞膜を硬くするので、精巣に悪影響を与えているのだろうと考えられていましたが、実際のメカニズムは証明されていませんでした。

そこで、私たちの研究グループではオスのLPAAT3ノックアウトマウスの精巣を調べました。 なんと、マウスの精子の数は正常なマウスの半数以下しかなく、9割の精子に変形が見られ、十分に成熟できていなかったのです。さらに精子の機能も低く受精する力が弱いため、実際に受精できたマウスはわずか1%以下にとどまりました。2)このことから、リン脂質結合型DHAが欠乏した結果、正常な精子が育ちにくくなり、不妊につながるということがわかったのです。これはマウスの実験ではありますが、もしかしたらヒトの男性不妊にも関係しているかもしれないと考えています。

日頃からDHAを蓄えておくことが大切

Image 日頃からDHAを蓄えておくことが大切

以上のように、網膜、精巣についてはDHAが重要な働きをしていることが科学的に証明できたわけです。まだ、未発表ですが、DHAを欠乏したマウスは神経機能にも多くの異常が見つかっています。このほかに、肥満やがん、老化などにも関連しているのではないかという研究報告もあります。しかしDHAの減少がどのような病気に、どのようなメカニズムで関わっているのかはまだまだわかっておらず、今後の研究の進展が待たれます。

ところで、DHAが不足してきたということを体はいったいどうやって認識しているのでしょうか。

例えば脳でDHAが不足したときには、それを知らせるシグナルが脳から肝臓に発信されていると考えられます。肝臓は食べ物から摂った脂質が一旦蓄えられている、いわば貯蔵庫です。しかし、単に貯め込むだけではありません。脳からのシグナルをキャッチすると、肝臓は貯蔵庫の中から一生懸命DHAを取り込んで、リン脂質かリゾリン脂質の形で脳へ送り込むという重要な役割を担っています。とは言え、そもそも貯蔵しているDHAの量が少なければ、脳や必要とする臓器に十分な量を届けることができません。

ですから、オメガ3系脂肪酸を豊富に含む新鮮な魚を常日ごろから食べ、DHAを十分に摂取していただくことが大切なのです。

出典:

  1. H.Shindou,T.Shimizu.et al., J Biol Chem. 2017 Jul 21;292(29):12054-12064.
  2. Y.Iizuka-Hishikawa, T.Shimizu. et al., J Biol Chem.
    2017 Jul 21; 292(29): 12065-12076.
  3. 日本生殖医学会ホームページより(2022年6月9日時点)